富永 今日のテーマは「幸福」です。なぜ、そんなことを考えたか、説明させてください。きっかけは、ある調査結果でした。日本国内で約2万人にアンケート調査を行った結果、所得や学歴よりも「自己決定」が幸福感に強い影響を与えているというのです(『幸福感と自己決定―日本における実証研究』(西村和雄、八木匡))。

 所得、学歴、自己決定、健康、人間関係の5つについて幸福感と相関するかについて分析したところ、健康、人間関係に次ぐ要因として、自己決定が強い影響を与えることが分かったとのことでした。つまり、幸福度をアップさせるには、「自己コントロール性」が重要だということです。

ダン 私たちはそれを「オートノミー(自主性)」と呼びます。

富永 なるほど。私にとっては、素晴らしい発表でした。同時に、そこからアマゾンと本屋についても連想しました。アマゾンはものを買うには最も便利で役立つチャネルですが、私は本屋に行くのが大好きです。それって変ですよね。どうしてなのか。なぜ、私は本屋へ行くのか。

 本屋では、好きな順番で好きなコーナーに行けます。哲学でも、行動経済学でも雑誌でも、どこのコーナーに行くのも私の自由です。さらに読むだけでもいいし、買うも買わないも私の選択です。それと比べると、アマゾンは非常に洗練された買い物方法ですが、アマゾンがつくった手順に従う必要がある。そんなに難しいことじゃありませんが。

 そこで気づいたのです。私が本屋へ行くのは、オートノミーによる自由が好きだから、ではないかと。この気づきによって、幸福はオートノミーと大いに関係していると思うようになったんです。あなたは自身の著作で幸福に触れていますし、最も優れた洞察をお持ちかと思います。今日お話を伺うのを待ちきれませんでした。

富永 朋信 氏
Preferred Networks執行役員・最高マーケティング責任者
日本コカ・コーラ、西友などでマーケティング関連職務を歴任し、ドミノ・ピザ、西友など4社でマーケティング部門責任者を拝命。社外ではイトーヨーカ堂、セルムの顧問、厚生労働省年金局 年金広報検討会構成員、内閣府政府広報室 政府広報アドバイザー、駒沢大学非常勤講師などを務める。日経クロストレンドなど、マーケティング関連メディア・カンファレンスなどのアドバイザリー、ボードメンバーなど多数。著書に『デジタル時代の基礎知識「商品企画」』(翔泳社)

ダン ありがとうございます。今のお話は素晴らしい導入ですね。ただ、アマゾンの話については、問題はオートノミーだけではないと思います。もちろん、オートノミーがものすごく重要だということに疑問の余地はありません。

 アマゾンがあるにもかかわらず我々が本屋に通い続ける背景には、私が思うに、いくつか別の要素が隠れていると思います。

 1つは、マルチセンサリー・エクスペリエンス(多感覚体験)です。本屋へ行けば、本を見るだけでなく、においをかぐこともできるし重みを感じることもできますね。さらに、買い物とはただ単に目的を果たすだけではない。その過程のどこかに魅力的なものがある。例えば、偶然の出会いに何かがわくわくする。それこそ、本屋にあって、オンラインにはないもの。それが2つ目の要素です。

ダン・アリエリー氏
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ダン・アリエリー氏
米デューク大学教授で、行動経済学をビジネスや政策課題に応用するコンサルティング会社「BEworks」の共同創業者。1967年生まれ。過去にマサチューセッツ工科大学のスローン経営大学院とメディアラボの教授職を兼務したほか、カリフォルニア大学バークレー校、プリンストン高等研究所などにも在籍。高価な偽薬(プラセボ)は安価な偽薬よりも効果が高いことを示したことから、2008年にイグ・ノーベル賞も受賞。『予想どおりに不合理』『不合理だからうまくいく』『ずる』『アリエリー教授の「行動経済学」入門』(いずれも早川書房)

ジョージ・クルーニーが着たスウェットにいくら払う?

 また別の要素もあります。それは私たちが手に入れるものの「象徴的な意味」です。このコップについて想像してみてください。ガラスのコップで、ただそれだけです。しかし私にしてみると、このコップがBEworks(編集部注:アリエリー氏が共同創業者となっているコンサルティング会社)のものだということを知っているので、感じ方が違ってきます。

 BEworksは私の第2の家みたいなもので、そこのグラスだと、いい気分になります。考えてみると、例えば本を買うとき、その本には歴史があるのではないでしょうか。地元の本屋でその店のオーナーが薦めてくれて買った本は、ただ店頭に並んだ本とはどこか違う感じがする。

 心理学者のポール・ブルームは、意味がいかに物体にくっつくかについて素晴らしい実験を行っています。ブルームはこう言いました。「俳優のジョージ・クルーニーが一度着たスウェットシャツがあったと想像してみてほしい。あなたなら、いくら払いますか」と。ジョージ・クルーニーが好きな人は、そのシャツにかなり高い値段を払ってもいいと考えます。次にこう言った。「このスウェットシャツを洗ったら、いくら払いますか」。すると値段は下がるけれど、まだ何かが残る。私たちは普段、「象徴的な消費」について考えませんが、象徴的な消費は至るところにあります。

 そして、象徴的な消費はものの価値を高める。あなたが好きな人から贈り物をもらい、その人がなぜこれが大事かを説明したカードが入っていたとしたら、どうでしょうか。たとえそれが、歯磨き粉のような平凡なギフトだったとしても、その贈り物の消費は象徴的な消費になります。

 まず、歯磨き粉の入った箱が玄関先に届く。あなたはこの歯磨き粉からどれほどの喜びを得られますか。一方、「私はこの歯磨きが大好きで、いつも使っているものです。あなたにも同じものを使ってほしかったので、どうぞ」と書かれたカードを受け取る。この2つは、大きく異なる体験です。常に最も意味のある体験を求めることはできないけれど、時として、私たちは生活の機能的な側面ばかりにこだわり、感情的な意味合いを軽んじてしまうのではないかと思います。

富永 消費の本質に迫る素晴らしい話ですね。

(写真/アンドリュー・ミラー)

つづく

 世界的ベストセラー『予想どおりに不合理』でおなじみ、行動経済学の権威であるダン・アリエリー氏(米デューク大学教授)が語った驚くべき幸福論を凝縮したのが、書籍『「幸せ」をつかむ戦略』(2020年2月18日発売、日経BP)だ。
 本当の幸せはお金や地位ではなく、自分の意思で自由に振る舞えることにあるのでは――。 日本を代表するマーケティングのプロ・富永朋信は壮大な問いの答えを求めてカナダ・トロントへ。 消費から夫婦関係、子育て、従業員のモチベーションに至るまで、「幸せ」に関する8つの質問に対し、ダン・アリエリーが語った驚くべき回答とは?人生の選択に対する後悔や不満と決別したい人、日々の生活が辛くて幸せが実感できない人、消費者や従業員との幸せな関係を築きたい経営者・ビジネスパーソンは必見です!

(このコラムは、日経クロストレンドに掲載した記事を再掲載したものです)

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