異次元の金融緩和、膨れ上がる国債発行──。新型コロナウイルス感染症(以下、コロナ)の問題が起こる前から、日本は深刻な財政問題を抱えてきた。だがコロナ禍の発生により、世界は財政出動を余儀なくされ、日本も国債の追加発行、株式の大量買い入れを実施した。ワクチン接種が始まり、コロナ禍に収束の希望が見える一方で、米国の長期金利は上昇。日本が抱えた財政危機は、今後、より深刻な問題となって国民に降り掛かる可能性が高い。
かつてモルガン銀行勤務時代に「伝説のディーラー」として名をはせ、国会議員も務めた藤巻健史氏は最新刊『藤巻健史の資産運用大全』でも、財政破綻への備えを訴える。一方、通信社記者として金融業界を取材してきた作家の相場英雄氏も、最新刊『Exit イグジット』で金融政策の異常さを指摘し、財政破綻への危機意識を持つことが重要だと指摘する。
金融業界を知り、同じ憂慮を抱く二人が、未曽有の危機、中央銀行としてのタブーに踏み込んだ日本銀行と金融政策、今日の財政危機が生まれた要因、今後考えられる日本のクラッシュ、さらに日本の金融が目指すべき形などについて語り合った。
対談企画の第1回は、日本の財政が直面する状況、そしてこれほど深刻な問題を抱えながら、メディアや政治が国民と危機意識を共有できていない実態について、二人の見方を紹介する。
藤巻健史(ふじまき・たけし)氏
一橋大学商学部を卒業後、三井信託銀行に入社。1980年、社費留学で米国ノースウエスタン大学大学院ケロッグ・スクールでMBAを取得。帰国後、三井信託銀行ロンドン支店勤務を経て、85年に米銀のモルガン銀行に転職。同行で資金為替部長、東京支店長などを歴任し、東京市場屈指のディーラーとして世界に名をとどろかせ、 JPモルガンの会長から「伝説のディーラー」と称された。2000年、モルガン銀行を退社後、世界的投資家ジョージ・ソロス氏のアドバイザーを務めたほか、一橋大学経済学部、早稲田大学大学院商学研究科で講座を受け持った。日本金融学会所属。現在はフジマキ・ジャパン代表取締役。東洋学園大学理事。2013年から19年までは参院議員を務めた。(写真=北山宏一)
相場英雄(あいば・ひでお)氏
1967年新潟県生まれ。89年に時事通信社に入社。95年から日銀記者クラブで為替、金利、デリバティブなどを担当。その後兜記者クラブ(東京証券取引所)で市況や外資系金融機関を取材。2005年『デフォルト債務不履行』で第2回ダイヤモンド経済小説大賞を受賞、翌年から執筆活動に。2012年BSE問題をテーマにした『震える牛』が大ヒット。『不発弾』『トップリーグ』『トップリーグ2』などドラマ化された作品も多数ある。(写真=北山宏一)
藤巻健史氏(以下、藤巻氏):『Exit イグジット』を読みました。私は毎晩、時代小説を読むのですが、現代を舞台にした小説は普段は読みません。どうしても現実ではあり得ない場面が目につくからです。でも、この作品は非常にすんなりと入ってきました。多くの人に読んでもらい、日本の異常な金融政策、財政に対する危機感を共有してほしいと思いました。
相場英雄氏(以下、相場氏):ありがとうございます。この本を書くうえで、藤巻さんの著書『日銀破綻』を参考にしました。実は時事通信の記者時代、1995年から97年にかけて日本銀行の記者クラブに所属しており、そこで藤巻さんから毎日送られてくる手書きファクス通信「プロパガンダ」を読んでいました。また藤巻さんが参院議員を務めておられたときは、質問は常にチェックしていました。
金融政策のあり方、財政危機について、より多くの人に関心を持ってほしいと思っていますが、そもそもこの情報を伝えるべきメディアが役割を果たせているか、記事を書いている記者自身が金融政策やマーケットを理解しているのか、疑問に感じています。
異次元緩和導入で、カネが回って緊張が緩んだ
藤巻氏:日銀が異次元の量的緩和を始める前、2013年ごろは、メディアにも、もう少し緊迫感がありました。朝日新聞は財政赤字問題の深刻化に関して、1面トップに「Xデー」という見出しを付けて載せたのです。でも、それがピークでした。緩和実施後は緊張感がなくなった印象があります。お金が回るから、財政赤字に対する危機感が緩んだのでしょうね。
相場氏:黒田バズーカと称された金融緩和策が始まった瞬間に株価が上昇しました。それ以降、メディアにも株取引を推奨する企画が増えました。当時、これでいいのかと違和感を覚えた記憶があります。
メディアだけでなく政治家も同様に金融やマーケットに対する理解が低いと感じていたのですが、藤巻さんは特別でした。当時の安倍晋三総理や黒田東彦日銀総裁に鋭い質問をされていましたね。
藤巻氏:私が落選して一番喜んでいるのは黒田さんだろうとおっしゃった方もおられました(笑)。
相場氏:藤巻さんは国債について質問されて「(日銀は)国債を簿価で保有している」という回答を引き出したこともありますね。満期まで簿価。驚くべき回答でした。これはすごい質問だと思いました。
藤巻氏:1998年に日銀法が施行されましたが、そのとき、民間金融機関と同じような会計基準が採用されました。民間の会計基準というのは満期まで持てば簿価会計、途中で売るならば時価会計です。当時、日銀が保有していたのはほぼすべてが短期の債券でした。短期債なら、まず満期まで保有しますから日銀が簿価会計を採用するのは、民間と同じで合理的でした。
しかし今(2021年1月末)、日銀が保有する国債536兆円のうち、499兆円、つまりほとんどが長期国債です。金融政策を機動的に運用するという意味からしても保有国債を満期まで保有するという前提の会計手法はおかしいのです。監督官庁である会計検査院は、そこを突かねばなりません。
時価会計が適用されていれば長期国債をこんなに爆買いしなかったでしょう。ディーラーとしての感覚で言えば、時価会計で価格が非常にボラタイル(不安定)なのは怖くてやっていられません。日銀総裁だって不安ではないでしょうか。そもそも中央銀行は価格がボラタイルなものは、通貨の安定を害しますから保有してはいけないのです。時価会計は、黒田総裁の恐怖感を通じて保有を防止してくれたはずなのです。
相場氏:そうですよね。
国債やETFの買い入れは、日銀の政府に対する忖度(そんたく)
藤巻氏:日銀のバランスシートは債務超過になってはいけないわけです。小説にも書いておられるように、通貨の価値が暴落しますから。ボラタイルな資産は持ってはいけないのです。だから株も長期国債同様、持ってはいけない。それは大原則です。世界の中央銀行の中で金融政策目的で株を購入しているのは日銀だけです。スイスのように通貨政策目的の場合は別として。
相場氏:しかし日銀はETF(上場投資信託)を大量に買い入れています。おっしゃるように中央銀行の施策として大きな問題があると思いますが、そのことについて、メディアは十分報道していません。
日銀が国債や株を購入して国の財政を支える。私はそこに総理官邸への忖度があると思います。本来、日銀総裁は総理大臣、政府に対して独立を保つべきですが。今の状況は、たちの悪い大店(おおだな)の若旦那が遊びほうけて、番頭さんがいくらでもお金を都合してあげる形になっています。
藤巻氏:まさに『Exit イグジット』に登場する赤間総裁がそうですね(笑)。財政運営の担当者の人選は重要です。もし総理が経済を理解しているなら、ブレーンもきちんと選んでいると思うのですが、ここで選び間違いが起きていないでしょうか。
政府のブレーンの大学教授が、私の出席している参議院の調査会で「日本国債がいずれ暴落すると言う人がいるが、実務を知らない人ほどそういうことを言う」と発言しました。「国債が暴落すると言う人」は、明らかに私を指していますが、私のキャリアを見てから言ってほしいものです(笑)。しかも彼は「科学的にそんなことはあり得ないことを証明した」と言うのです。どう科学的かというと、金融資産のポートフォリオを握っている人たちに「あなたは国債を売るか売らないか」と聞いたら誰も「売る」と言わないと。「自分で自分の首を絞めることになるから売らないと言った」というのです。誰も国債を売らないから暴落もない、これは大きな間違いです。タテホ・ショック(87年、タテホ化学工業の国債先物取引による巨額損失が発覚したことで起きた、日本の債券相場の暴落)でも、資金運用部ショック(98年11月から99年2月、当時の大蔵省の資金運用部の対応等によって起きた、日本の債券相場の暴落)でも、国債村の住人が先を争って売りました。
今、国は大変な財政出動をしています。毎年、30兆円から40兆円の規模で国債を新規に発行しているわけです。満期の分を買い戻しても、一方で、新しく発行された国債がどんどん市場に供給されます。となると誰も売らなくても、新規発行分を誰かが買ってくれないと需給が崩れる、そんなことも分からずに「誰も売らないから暴落するはずがない」などと言う。基本も知らない政府のブレーンが財政を決めていたのです。財政出動を進めれば、マーケットが大反乱を起こします。
コロナ後にやって来る危機を誰も心配していない
相場氏:今の状況ですと、怖くて誰も国債を売りに出せないでしょう。でも需給は確実に崩れつつあります。ちょうど97、98年に、日本で金融危機が起きたときに記者だった私は、ある信託銀行で起きた取り付け騒ぎの様子を取材したことがあります。預金者がどんどん集まり、警備員が冷静になるように呼び掛けていました。もし国債が暴落したり、財政が破綻したりすれば、あれが国の規模で起こるわけですね。
藤巻氏:今回の小説のストーリーに重なりますね。現実の話をすると、私は最終的にはマーケットが「マーケットの反乱」という形で最終的に決着をつけるのはないかと思っています。
相場氏:91年のバブル崩壊のときは、株価が上昇を続けた後にいきなり暴発しました。あのときは財政で支える余裕がありましたが、今回は、その財政が危ない状況です。
藤巻氏:新型コロナでは大勢の方が命を落とされ、苦しい思いをされたと思います。ただ、確率論で言えば、財政破綻が起きると、その比ではない数の人が財産を失って大変な思いをすることになります。それなのに、今のところ財政破綻について心配している人は少ないように見えます。
しかしコロナの問題が落ち着けば、コロナ対策として実施した無担保・無利子融資が問題発生の契機となる可能性があります。企業財務の悪化により、無担保・無利子以外の既存融資の回収が始まる可能性があるからです。無担保・無利子以外、借りていない企業などないでしょうから。
今回の小説でも地方銀行が抱える中小企業金融円滑化法の問題が書かれていました。この法律により退場すべき企業にも融資が続けられ、ゾンビ企業が生きながらえてきた。コロナ禍では、こうした企業をさらに支えてきた面があります。しかし銀行としても不良債権が増えれば、自分たちの信用度に関わってきます。
相場氏:銀行も苦しい状況でしょうね。
金利上昇で日銀が国債の巨額評価損を抱えれば、円は紙クズに
藤巻氏:小説にもあったように、地銀はゼロ金利で長短金利差もなくなり、本業の利益が激減しています。貸倒引当金を大きく計上せねばならない事態になれば、深刻です。
異次元の量的緩和で懸念される一番の副作用は、日銀の破綻だと私は考えています。買いまくった長期国債の利回りが令和元年度で平均0.257%です。今、10年物の長期金利で0.15%ぐらいです。これが0.2%ぐらいまで上がると日銀が抱える国債に評価損が出始めるわけですよ。
相場氏:大変なことになりますね。
藤巻氏:この評価損をどう考えるか。黒田さんは簿価会計だから全然関係ないと言ったけれども、簿価会計で大丈夫だったらリーマン・ブラザーズだって山一証券だってつぶれていません。
私がモルガン銀行に勤務していた経験からすると、やっぱり簿価会計というものは前世紀の遺物で、世界では取引相手の評価はすべて時価会計です。そりゃ、そうです。不健全相手に取引を継続して、自分が巻き添えを食ってはたまらないからです。では、もし日銀が赤字になったときに外国の金融機関がどういう評価をするのか。評価損がどんどん大きくなり、巨額になってきたら、彼らは日銀との取引を中止すると思います。きっと日銀に代わる新しい中央銀行ができて、財政が回復するまでは取引をしないでしょう。
これは何を意味するか。日本は海外の株式を買えない、海外の投資家も日本の株式を買えないということも起こりますが、最大の影響は為替取引ができなくなることです。約束手形では手形というブツの交換は手形交換所で行いますが、それに伴う資金の決済は、すべて日銀当座預金を通じて行われます。為替もそれと同じです。
海外の金融機関が日銀に持つアカウントが使えないことから、外資系金融機関は円を受け取る手段がなくなります。対価をもらう手段がなければドルを売ってくれるわけがありません。日本の円は完璧に鎖国状況で価値がない。円が海外から信用を失い、ほかの通貨に替えられないということになったら、円は紙クズです。
相場氏:大パニックですよね。
藤巻氏:日本が危機的状況に陥る可能性も高い。多くの日本人の生活が相当なダメージを受ける可能性がある。だからこそできる人は資産を守るなどの備えをする必要があると思っているのです。
(第2回に続きます)
【内容紹介】
日本の財政赤字は巨額に膨らみ、世界でも最悪の状態にある。日銀が国債や株式を爆買いすることでごまかしているが、いつ日本売り(株・債券・円の暴落)が起きてもおかしくない。こんなときは一般的な投資法は通用せず、日本売りに備えた資産運用法こそが有効である。そこで本書では基本的な金融マーケットの知識と仕組みを解説し、個人が簡単に活用できる利益のあげ方を指南。景気に関係なく、稼げる方法が身につく!
金融知識は一生モノの武器になる!
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「世界中に火種はあるが、一番ヤバいのは日本だ」!
日本の金融政策に切り込んだ相場英雄氏の最新作『
Exit イグジット』
書籍、電子書籍同時発売
月刊誌「言論構想」で経済分野を担当することになった元営業マン・池内貴弘は、地方銀行に勤める元・恋人が東京に営業に来ている事情を調べるうち、地方銀行の苦境、さらにこの国が、もはや「ノー・イグジット(出口なし)」とされる未曽有の危機にあることを知る。
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テレビ・新聞を見ているだけでは分からない、あまりにも深刻な日本の財政危機。エンターテインメントでありながら、日本の危機をリアルに伝える、金融業界を取材した著者の本領が存分に発揮された小説。
果たして日本の財政に出口(イグジット)はあるのか!
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