コロナ禍に苦しむ世界で、チャイナ-アセアン経済圏(大中華経済圏)の存在感が急速に増している。米中対立とコロナ禍で結びつきを強めた中国とアセアンは、経済交流が活発化し、成長が加速する。GAFA(グーグル、アマゾン・ドット・コム、フェイスブック、アップル)を寄せ付けない現地発のイノベーションだけではない。大阪などの日本の大都市を凌駕するような巨大で豊かな都市圏が続々と勃興。国内市場の停滞や縮小に苦しむ日本企業の活路としても期待が高まっている。
しかしながら多くの日本人は、中国とアセアンに対する古い思い込みにとらわれており、現地で起きている急速な変化を捉えきれていない。巨大な商機をつかむために、 日本は何をすべきなのか?
中国とアセアンが融合する巨大経済圏の現状に、膨大なデータと事例で迫ったのが書籍『チャイナ・アセアンの衝撃 日本人だけが知らない巨大経済圏の真実』だ。本書の著者である邉見伸弘(へんみ・のぶひろ)氏に、中国とアセアンで起きている変化について聞くインタビューの第3回は、チャイナ-アセアン経済圏で、中国とアセアンを結びつける存在として存在感が高まっている東南アジアの華僑企業の実態について聞いた。
(聞き手はクロスメディア編集部長 山崎良兵、日経ビジネス シニアエディター 村上富美)
邉見 伸弘(へんみ・のぶひろ)
デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員・パートナー/チーフストラテジスト。JBIC(国際協力銀行)で、国際投融資(アジア地域及びプロジェクトファイナンス)やカントリーリスク分析、アジア債券市場育成構想(ABMI)などの政策案件に従事。米国系戦略ファームやハーバード大学国際問題研究所などを経て現職。国際マクロ経済・金融知見を軸に、メガトレンド分析、中期経営計画策定支援やM&A案件を中心に、業界横断型のプロジェクトに多数従事。(写真:北山宏一)
中国とアセアンで1000万人以上、100万人以上の大都市群が多数勃興することにより、巨大なビジネスチャンスが生まれることについて、前回の記事では語っていただきました。そんなチャイナ-アセアン経済圏では、多くの日本人が知らない東南アジアの華僑企業が強い存在感を放っています。邉見さんは著書『チャイナ・アセアンの衝撃』でも、華僑のネットワークについて詳しく解説されています。邉見さんが華僑企業に注目されたのはなぜですか。
邉見伸弘氏(以下、邉見氏):1990年代後半から2000年代に国際協力銀行(JBIC)で勤務していた当時、中国が伸びている中で、香港、台湾、シンガポールの動向を見ることが大事だと教えられました。これらの地域は、中国との結節点の役目を果たしていることから、現地企業の中国展開などの動向を分析していました。
東南アジアでは、中国系の華僑・華人が経済に強い影響力を持っています。現在、世界には6000万人の華僑・華人がいて、このうち4000万人が東南アジアで暮らしているとされています。ちなみに華僑とは、元の国籍、つまり中国籍を今も保有している人のことで、現地の国籍のみを有している人を華人と呼びます(編集注:記事中では華僑・華人の両方の企業を含めて華僑企業と呼んでいる)。
彼らの経済への影響力を具体的に見ると、例えば、インドネシアにおいて、華人人口は全体の5%と少ないにも関わらず、GDP への貢献度は50%、タイの華人人口は14%ですが、GDPへの貢献度は70%に達するという統計もあります。
古くて新しい華僑・華人のパワー
華僑企業のパワーは強力ですね。売り上げ規模も大きいのでしょうか。
邉見氏:東南アジアを代表する大手華僑企業を見てみると、規模が大きく、古くからの歴史があるのは創業から100年のタイのチャロン・ポカパン(CP)グループで、売り上げ規模で630億ドル(2018年)です。華僑・華人企業自体は、長い歴史を持っていますが、家族経営の中堅・中小企業が多くなっています。CPグループ以外の大手企業で見れば、創業後50年から70年ぐらいの企業が多いようです。売り上げ規模は100億から数百億ドル。こうした数字だけを見ると、そこまで大きくないと思うかもしれません。しかし華僑企業の長い歴史とここ20年近くの成長力を知ると、その存在感の大きさを再認識させられ、過小評価していはいけないことに気づきます。
日本円換算で数兆円規模なので、もちろん決して小さくない存在です。華僑企業はどんな強みを持っているのでしょうか。
邉見氏:華僑企業の強みは、ネットワークに支えられた情報力です。彼らは世界各地に「中華総商会」という経済団体を組織しており、日本でも1999年に設立しています。新たな組織化も進んでいるのです。シンガポールのリー・クアンユー元首相の提唱で始まった世界大会である「世界華商大会」も定期的に開催しています。また、華僑・華人には、一族の出身地があるわけですが、こうした出身地域ごとに集まる「幇(バン)」という組織を作るなど、華僑・華人同士で情報共有しようとします。グローバルなネットワークから、役立つ情報を集めて共有する、そういう意識がすごく強いと思います。
実際に、東南アジアの華僑企業が中国に進出する際は、このインタビューでも何度かお話しした発展する都市群の特徴や成長性を見極めて進出するなど、情報力を生かしているのです。
中国政府も華僑ネットワークを有効活用しています。例えば、広東省の曁南大学(ジーナン)大学の学部生総数は3万5000人、海外から来た学生は1万10000人です。30%近くが留学生で、華僑の子女を数多く受け入れています。
一方、東南アジアの大学でも、シンガポール国立大学が中国の「一帯一路」を研究していたり、タイのチュラロンコン大学が中華総商会と共同研究したりするなど、留学生や研究者を互いに呼び込むことで、情報のエコシステムを作り上げています。
情報はお金、自分の信用や知識は誰にも取られない
日本人が見えないところで驚異的な華僑・華人のネットワークが張り巡らされている。華僑企業は、様々なコミュニティーを活用しながら人脈を広げ、情報を集めるわけですね。もちろん、ビジネスをする上で情報は重要だと思いますが、華僑企業は特別なのでしょうか。
邉見氏:華僑の人々から見ると、情報はお金になります。それでもお金より重要なのが信用・情報なのです。なぜ、信用や情報なのかというと、現金や不動産などの財産は失うこともあるけれど、信用や自分の中に蓄積した知識は、奪われたりしません。だから子弟の学校教育に熱心で、投資もするわけです。この点に関しては、日本人の考え方と大きな違いがあると思います。
日本人の場合、情報は無料で手に入る、政府や政府系機関などからもらえるといった意識がすごく強いように思います。新聞やテレビの情報もうのみにするところがあります。人から聞いた情報ならば、誰が言ったかによって判断するにも関わらず、新聞やテレビの情報となると、途端にそのまま受け取ってしまいます。SNSなどから受け取る情報に関しては、意識が違うかもしれませんが。
「華僑に注目することでチャイナ-アセアン経済圏の実像が見えてくる」と話す邉見伸弘氏(写真:北山宏一)
マイノリティーとしての経験が情報力を磨いた
情報の真偽や価値をもっと厳しく判断するということですか? どうして華僑・華人の方はそこまで情報を重視するのでしょうか。
邉見氏:華僑・華人は自分のルーツを離れ、国を出て、外国の地でマイノリティーとして生き抜く必要がある。必死に生きるしかないという歴史があった。現代においてもその努力は続いているように思います。そういう中で情報に対して貪欲になり、その結果として、情報を事業に役立てる面があるのでしょう。必要な情報が十分あれば、判断を間違えるリスクは小さくなります。その判断を下す「意思決定力」も、華僑の強みだと考えます。
ちょっと話がそれますが、今回の新型コロナウイルスの情報についても、医療関連の情報の集め方はすさまじく早かったです。20年2月の時点で、相当なレベルの情報が、現地の(華僑・華人向けの)新聞などに掲載されていました。
日本の場合、普通に暮らしていれば、自分がアウェーにいるとか、マイノリティーになるような経験はほぼないでしょう。むしろ、相手や周囲に合わせなきゃいけないことが多い。しかしマイノリティーの人々は違う立場でモノを見るように思うのです。
注目企業はインドネシアのシナルマスとサリム
邉見さんが注目する華僑企業を教えていただけますか。これはすごいと思う企業は?
邉見氏:成功・失敗ともにユニークなケースが多数ありますが、あえて中国から地理的距離があり、アセアン諸国で最大の人口を誇る大国インドネシアの華僑企業を2社挙げたいと思います。まずシナルマスグループです。製紙業というスペシャリティーを持ち、1990年代に当時は中国の二級都市だった浙江省の寧波に進出しています。北京大学に留学していた2代目社長が「木を1本切ったら、6本植える」という環境政策を推進しながら、製紙業に取り組みました。今、寧波の港は中国一になっていますが、最初に発展性が高い二級都市を選んだところもすごいと思います。さらに、製紙業の成功体験を足掛かりにして、寧波に銀行もつくって成功しています。
もう1社挙げるとしたら、やはりインドネシアのサリムです。こちらも1990年代、福建省の福清市に進出しています。ここも一級都市ではありません。そこで不動産開発を手掛けたのですが、その後、2004年に内モンゴルで牛乳事業を手掛けたり、2008年のリーマン・ショック後に石炭会社を買収して利益を確保したうえで2011年に売却したりしています。グループには「売、売、売」というキーワードがあり、常に事業を売却するタイミングを考えている。そういう展開ができるのは、情報戦あってこそだと思うのです。
情報があるから、撤退も冷静に見極められる
情報戦、そして、判断力ですね。
邉見氏:はい。この2社に限らず、成功している華僑系の企業に共通して言えることは、流行しているものを、冷静に見ているということです。よく言うじゃないですか。会社のランキングなどでもトップになったら斜陽の兆しが出ていると。旬の見極めが大事なのでしょう。ヒートアップしているときに、すぐに引くことができるのも華僑系企業の1つの強みだと思います。
情報があるから冷静に見極められるのでしょう。そして、欲を出しすぎない。利益が出るあるレベルになったら売却する、これがやっぱり賢い選択だと思います。成功したときこそ、節度を持って撤退も含めて考える。一方でまだ多くの人が目をつけていない、いいタイミングで事業を始める。
そんな華僑のビジネス展開を見ると、米国のゴールドラッシュ時代のジーパン・スコップ理論を思い出すのです。
リーバイスですね。
邉見氏:そうです。ゴールドラッシュの時には、レッドオーシャン(競争が激しい)の分野で金を探すよりも、ブルーオーシャン(競争が少ない)の分野でつるはしやジーンズ(リーバイス)のような附随品や必需品に目を付けて儲ける、といった考え方です。地味ですが、きちんとその市場の消費者、生活者を見ているのだと思います。
この生活者のニーズをくみ取るという点では、チャイナ-アセアン市場で急成長している新たなデジタルサービスを提供する企業においても共通する部分があります。
配車アプリのシンガポールのグラブやインドネシアのゴジェックなどが有名です。ハイテク技術を駆使したサービスを提供しているイメージがありますが、彼らだけではないのでしょうか?
邉見氏:チャイナ-アセアンで急成長する企業の中には、ありもの(既存)の技術を利用しながら、生活者の不便を解消して伸びている例がいくつもあります。そのような目の付け方や戦略の立て方は日本企業にとっても、参考になるはずです。
第4回ではチャイナ-アセアンで起きている新世代のテクノロジー企業によるイノベーションと日本の活路について話を聞きます。
チャイナ-アセアン経済圏(大中華経済圏)の時代が到来する! コロナ禍で結びつきを強め、 成長を加速する中国とアセアン。GAFAを寄せ付けない現地発のイノベーション企業が続々誕生。中国とアセアンを縦横無尽に動き回り、成長を加速させている。
大阪などの日本の大都市を凌駕するような巨大で豊かな都市圏も続々と勃興。中国の各省や都市とアセアンの都市を華僑ネットワークが結合する。日本企業の活路はここにあるが、日本人はあまりに現実を知らない。
巨大な商機をつかむために、日本は今、何をすべきか? 膨大なデータと事例から、現実路線の戦略を徹底解説する。世界を視野に活躍するあらゆるビジネスパーソンと経営リーダーの必読書!
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