バランスシートの分析から、親子対立が始まる

星野:しかし、そうなると大体、先代のお父様との間で対立が始まるのですよね。バランスシートの無駄を後継者が指摘するところから、親子の対立が始まる。渡辺さんも、そういう経験をされたのではないですか?

渡辺:ええ、ありました。例えば、無駄に思える土地があるので、「なんで買ったの?」と父に尋ねると、「市街化されると思って買ったけど、市街化されなかった」のだと答える。そんな土地を会社が所有しているのは非効率なので、父に買い取ってもらう代わりに、その土地が収益を上げるように私が知恵を絞る、といった具合でした。

星野:ということは、お父様は、息子の渡辺さんの提案に、あまり抵抗されなかった。

渡辺:そうですね。素直でした。

星野:立派なことです。先代の多くは、そんなときに子どもの言うことを聞きません。

職場で酒盛りをする職人たちと

渡辺:くず餅の製造工程からも無駄を排除しました。当時は、職人たちが勘に頼って作っていたのです。あのころの職人たちはパンチパーマやリーゼントで、午後4時くらいになると、職場で酒盛りをしたりしていました。深く付き合えば素直な人たちばかりで、後年は、採用した父に感謝したものですが、最初は驚きと当惑がありました。彼らが勘に頼っていた製造工程を標準化しようと、鉛筆を持たせ、パソコンを使わせて、マニュアル化を進めていきました。その過程で品質管理の国際規格「ISO9001」を取得しました。

星野:反発はなかったですか?

渡辺:ありました。抵抗する職人たちは父に泣きつき、古参の社員の退職が相次ぎました。父から「おまえは、人の気持ちが分かっていない」「徳が足りない」などと言われました。そもそも「ISO9001」の取得に一番反対したのは、父でした。提案するなり「取れるわけがない」と。

星野:「取れるわけがない」ですか。そういう提案に先代が反対するときのセリフは、普通、「取る必要がない」です。しかし、渡辺さんのお父さんは「取れるなら取っていい」というところからのスタートで、やはり、後継者に対して寛大だと感じます。

渡辺:養子だったからでしょう。父にも、改革したい気持ちはありました。けれど、昔からのしがらみがあって、変えたくても変えられないジレンマを感じていたようです。例えば、取引先の請求の中に、明らかに高過ぎるものがありました。不当に高止まりしているのです。しかし、創業200年を超える老舗の取引先となると、下手をすると100年くらいの付き合いがあります。養子である父であればなおさら、そんな取引先は切りにくい。そこを、私はばさばさと切っていきました。父に「ごめん、切るよ」と断ったら、「頼む」と背中を押してくれました。

星野:確かに100年の付き合いの取引先といったら、お父様にすれば、自分が後を継ぐ前からの取引先で、やむなく引き継いだのかもしれない。

渡辺:そういうことです。父も内心、困っていたのです。

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