大手グルメサイトの食べログ、大手通販サイトのアマゾン、地図アプリのグーグルマップなどでは商品や店舗を酷評する口コミが散見される。
「料理がいまいち」「商品が届いたけど、すぐに壊れた」「ここの医療クリニックは施術が下手」などという辛辣なレビューが書き込まれていれば、消費意欲は減退してしまう。
しかし、それは評判をおとしめるために競合相手が仕掛けた「逆やらせレビュー」かもしれない。ネット社会の闇では、醜い足の引っ張り合いが繰り広げられている。
アマゾンでは競合相手を中傷する「逆やらせレビュー」が横行する(写真はイメージ)
競合相手を中傷するレビューについて最初に教えてくれたのは、中国・深圳のネット販売業者に勤務する王宇航(ワン・ユーハン、仮名)氏だ。深圳の坂田(バンティエン)地区には王氏の勤務先をはじめとして、IT機器を扱うネット販売業者が集まっている。競合相手よりも自社製品の評価を高めようと各社が日本人の協力者を操って、日本のアマゾンにやらせレビューを書かせていることは、先日公開した記事「アマゾン『やらせレビュー』の首謀者を直撃、楽天も餌食に」で報じた通りである。
競合相手が一つ星で営業妨害
深圳の喫茶店で対面した王氏はやらせレビューの実態を一通り話し終えると、嫌がらせを目的とする「逆やらせレビュー」の実態について突然切り出した。
「やらせレビューに手を染めているネット販売業者は、競合相手の営業を妨害する目的のやらせにも手を出していますよ」
えっ、どういうこと? 自社製品の評判を高めるのがやらせレビューではないのですか?
「それだけではありません。私が販売している商品に対して、ライバルが最低評価である一つ星のレビューを1週間で8件付けてくるなんてことが起きています。よく見るとちゃんと私から商品を買っていることになっています。そうすればレビュー欄に『Amazonで購入』と表示され、信ぴょう性が増しますからね。高評価のやらせレビューと同じやり口で、同業者が嫌がらせをしているのです」
王さんも低評価のやらせレビューを依頼したりしないんですか?
「いいえ、自分の信念に反するので、そのようなことはしません。私は正々堂々と戦います」
やらせが横行する坂田地区にも流儀があり、「汚い戦い方」と「清い戦い方」の線引きがあった。
確かに自社製品に高評価のやらせレビューを書いてもらうことが、競合相手を上回る評価を獲得する唯一の方法ではない。競合相手の評判を落として、自社の評価を相対的に高める方法もある。そしてそれはアマゾンなどのオンライン店舗だけでなく、飲食店や医療クリニックなど、実店舗でも横行している。
グーグルマップに表示される店舗のレビューでは、美容系クリニックの中傷合戦が繰り広げられているという(写真は本文と関係ありません、写真:shutterstock)
実店舗の口コミ代行業を手がける佐野真三郎氏(仮名)が詳しく解説してくれた。
「『近くの競合店が邪魔なので、悪口を書き込んでほしい』などという依頼は珍しくありません。美容整形クリニックや審美歯科クリニックが特に多い。外見に手を加えるため、患者は絶対に下手な医師には施術してほしくないという思いが強く、ネットの評判を気にしています。そこを逆手に取って、競合店の評判に傷をつけようとするのです。クリニック以外では、飲食店からも競合店の悪口を書き込んでほしいという依頼が舞い込みます」
高評価と低評価の殴り合い
何だか、悲しいですね。飲食店の場合、投稿先は主に食べログですか?
「そうですね。食べログもあります。ただ最近、食べログは辛辣なレビューを監視し、削除することが多くなっています。悪口は載せにくくなってきました」
クリニックの場合、悪口の投稿先はどこになるでしょう。
「グーグルです」
グーグルは店舗のレビューを受け付けており、グーグルマップで店を検索したときや、通常のグーグル検索画面に表示している。そこには競合相手からの中傷が多く載っているという。
「グーグルに高評価のやらせレビューを投稿すると、その直後に競合相手が低評価のやらせレビューを付けたります。さらにそれに反論するやらせレビューを載せるなどということを繰り返しています。これは高評価と低評価のやらせレビューによる殴り合いです」
競合相手が低評価のやらせレビューを投稿してきたときに助けになるのが弁護士などが手がける削除代行業だ。ただ正当なレビュアーによる正当な低評価の削除を引き受けているケースも少なくないようだ。
英知法律事務所の森亮二弁護士はサイト運営会社の側に立ち、削除依頼に抵抗してきた。
「以前、ささいな批判でも次々と削除を求めてくるクリニックと対決したことがあります。最終的に高評価のレビューしか残らないように印象を操作していました。正当な低評価には、本来ほかの消費者に注意を促す役割があるはずです。それらが削除されていくことで、本来防げたはずの消費者被害が発生するリスクが高まってしまいます」
不利益を被るのは消費者ということになるはずだが、話はそう単純ではない。
口止め料が目当ての悪評まで
削除代行業者の中には、レビュアーに口止め料を支払って低評価を取り下げさせているところがある。さらに口止め料を目当てに、あえて低評価のレビューを書き込むずぶとい消費者まで存在するのだ。レビューの世界は闇が深く、話題は尽きない。詳しくは拙著『サイバーアンダーグラウンド/ネットの闇に巣喰う人々』に譲りたい。
最後にどれだけの人が他人のレビューを参考にしているのか、明らかにしよう。三菱UFJリサーチ&コンサルティングがSNSの利用者を対象に実施したアンケート調査によれば、ほぼ全員が商品やサービスの購入時にレビューを参考にしている。他人のレビューを「とても参考にしている」もしくは「ある程度参考にしている」と回答した比率は合わせて95%に上る。
だが「口止め料が目的の悪評」から「ライバルをおとしめる中傷」「うわべを取り繕う美辞麗句」まで、千差万別のやらせレビューがネットにあふれている。これが95%の人々が頼りにするレビューの現実だということを知っておく必要がある。
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本書は3年にわたり追跡した人々の物語だ。ネットの闇に潜み、隙あらば罪なき者を脅し、たぶらかし、カネ、命、平穏を奪わんとする捕食者たちの記録である。
後ろ暗いテーマであるだけに、当然、取材は難航した。それでも張本人を突き止めるまで国内外を訪ね歩き、取材交渉を重ねて面会にこぎ着けた。
青年ハッカーは10代で悪事の限りを尽くし、英国人スパイは要人の殺害をはじめとする数々のサイバー作戦を成功させていた。老人から大金を巻き上げ続けた詐欺師、アマゾンにやらせの口コミをまん延させている中国の黒幕、北朝鮮で“サイバー戦士”を育てた脱北者、プーチンの懐刀……。取材活動が軌道に乗ると一癖も二癖もある者たちが暗闇から姿を現した。
本書では彼らの生態に迫る。ソフトバンクグループを率いる孫正義の立身出世物語、イノベーションの神様と評された米アップルの創業者スティーブ・ジョブスが駆け抜けた波瀾万丈の人生など、IT業界の華々しいサクセスストーリーがネットの正史だとすれば、これは秘史を紡ぎ出す作業だ。悪は善、嘘はまこと。世間の倫理観が通用しない、あべこべの地下世界に棲む、無名の者たちの懺悔である。
サイバー犯罪による経済損失はついに全世界で年間66兆円近くに達した。いつまでも無垢なままでいるわけにはいかない。
ネット社会の深淵へ、旅は始まる。
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