『嫌われる勇気』著者に問う、パワハラ組織は意外に強い?
『ほめるのをやめよう』を巡る、経営者との対話(12)
『嫌われる勇気』の著者として知られる岸見一郎氏が、初めてリーダーシップを論じた『ほめるのをやめよう』。この本に推薦の言葉を寄せた現役経営者と岸見氏の対話をお届けする。サイボウズの青野慶久社長(こちらの記事など)、ユーグレナの出雲充社長(こちらの記事など)に続いて、今回からは、面白法人カヤックの柳澤大輔CEOに登場いただく。
岸見氏の主張する「民主的なリーダーシップ」に対し、「『共感』はするが、そのようなリーダーシップが果たして『強い』と言い切れるのか?」と、柳澤CEOは、疑義を呈する。その疑問に、岸見氏は、どう答えるか。
柳澤:『ほめるのをやめよう』という本のタイトルは、“釣り”ですよね。いろいろな主張のなかから、意外性があるものを選んだのであって、これが一番、言いたいことではない。
そうですね(苦笑)。
柳澤:本題は「民主的リーダーシップ」というか、いわゆる「サーバント型リーダーシップ」のすすめですよね。僕らも結構、そちら側の会社なので、読んで共感するところはすごく多かったですし、僕らが考えていることを言語化していただいた感じがありました。
ここで柳澤さんがCEOを務めるカヤックについて、少し補足します。
1998年、柳澤さんと学生時代の友人3人で創業したカヤックは、ウェブ制作、ウェブサービスを中心に、ゲーム関連事業や地域プロモーションなど、幅広い事業を展開。2014年に東証マザーズに上場しています。「面白法人」を自称し、ユニークな組織運営でも注目を集める存在です。有名なのは、例えば「サイコロ給」。毎月、給料日前に全社員がサイコロを振り、出目によって今月の支給総額が決まるという仕組みがあります。
そんなカヤックのCEOとして、岸見先生の主張する「民主的なリーダーシップ」、ないしは「サーバント型リーダーシップ」には共感する、と。
柳澤:ただ、こちら側のリーダーシップ(民主的リーダーシップ)が、「勝つ」のかというと、どうなのでしょうか。
岸見一郎(きしみ・いちろう)
1956年、京都生まれ。哲学者。京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学(西洋哲学史専攻)。著書に『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』(古賀史健氏と共著、ダイヤモンド社)、『生きづらさからの脱却』(筑摩書房)、『幸福の哲学』『人生は苦である、でも死んではいけない』(講談社)、『今ここを生きる勇気』(NHK出版)、『老後に備えない生き方』(KADOKAWA)。訳書に、アルフレッド・アドラー『個人心理学講義』『人生の意味の心理学』(アルテ)、プラトン『ティマイオス/クリティアス』(白澤社)など多数。
柳澤大輔(やなさわ・だいすけ)
カヤックCEO
1974年、香港生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業後、会社勤務を経て、98年、学生時代の友人と共に面白法人カヤックを設立。鎌倉に本社を構え、オリジナリティのあるコンテンツをWebサイト、スマートフォンアプリ、ソーシャルゲーム市場に発信する。ユニークな人事制度やワークスタイルも発信。著書に『面白法人カヤック会社案内』『鎌倉資本主義』(ともにプレジデント社)、『アイデアは考えるな』(日経BP)、『リビング・シフト 面白法人カヤックが考える未来』(KADOKAWA)などがある。
「民主」は、「強権」より強いのか?
今の指摘は、「民主的リーダーシップ」や「サーバント型リーダーシップ」の対極に、上意下達の「強権的リーダーシップ」、ないしは「軍隊式リーダーシップ」みたいなものがあって、互いに競い合っている、といったイメージですね。そして、実のところ、強権的なやり方のほうが強いかもしれないと、柳澤さんは考えている。私も実際、業績好調の会社を取材して「これはどうもパワハラ体質ではないか」と感じたりすることがあります。パワハラ組織というのは、それはそれで意外に強いんじゃないか、と…。
柳澤:僕らは、こっち(民主的リーダーシップ)のほうが「新しい」という感覚でやっているので、こっちが「強い」か、というと、何とも言えない。
怒ったり、叱ったりして、人を操作し、動かそうというのは、「古臭い」という感覚は、あります。じゃあ、そういうやり方が「弱い」のかと思って、世の中を見渡すとそうでもない。だから、民主的リーダーシップを実践している僕らにしても、こっちが主流になるかといわれると、何とも言えない。
岸見:自分自身が上司から叱られて伸びたと思っているので、「叱るしかない」という考えにとらわれている方が多いと感じます。経営者の方などに私が持論を述べると「とてもついていけない」という反応を示される方は多いです。「その考え方は、新しすぎて、私にはついていけない」と言われます。
しかし、私の考え方の根底にあるアドラー心理学は、それほど新しいものではありません。
アドラーと鈴木大拙、西田幾多郎
柳澤:アドラーというのは、いつごろの人なのですか。
岸見:アドラーは、1870年生まれです。
柳澤:生まれて150年ほど。
岸見:鈴木大拙と西田幾多郎も、アドラーと同じ1870年生まれで、この3人は同い年です。
そう考えると、アドラー心理学とはすごく古い考え方でもないですが、それほど新しいわけでもありません。アドラー心理学は長くマイノリティーでしたが、特に子育ての場面では現在、世界で実践する人は非常に多いです。決して机上の空論ではないという自負が私にはあります。
対人関係という意味では、親子関係もリーダーと部下の関係もまったく同じだと思います。そして、アドラー心理学のおかげで、親子関係がよくなった、対人関係がよくなったという体験を持つ人が、職場でもアドラー心理学を実践し、モデルを示すことで、少しずつ世界が変わり、どこかの段階で、その変化が爆発的なものとなり、主流になる。そういうことが起きるだろうと、私は予想しています。
柳澤:なるほど、そうなるのかもしれません。
僕らは経営会議で、何か問題が起きたとき、「起きている事象」そのものに焦点を当てないようにしています。むしろ、「自らの在り方」を問うというか、その問題によって得た気づきとか、何に恐怖を感じて、そのような行動に駆られたのか、という話を中心に議論するのです。
そのような議論は、それ自体が楽しいものです。
岸見:そうですね。
柳澤:何か問題が起きたとき、自分自身の在り方を問うて、気づきを得るのは、楽しいことだし、それが「新しい」という感覚と「物事を円滑に進める」感覚があるから、僕らはそうしています。そうすると、例えば、取引先の人にちょっと嫌なことをされたとしても、そこから学びを得て、むしろ感謝できる。そのほうが幸せですよね。
すみません。カヤックの社内で「何か問題が起きたとき、自分自身の在り方を問うて、気づきを得る」というのは、具体的にはどういうことでしょうか。経営会議の席での話ですよね。
柳澤:例えば、あるリーダーの下で、メンバーの離職が続いているとします。そういうとき、その問題を引き起こす原因となるリーダーの心理を、深く突いていきます。
そのリーダーは、どんな心理から、メンバーを離職に追い込むような行動に駆られているのか。周りからはわりと丸見えで、大抵は恐怖、あるいは不安です。
そこに本人が気づき、腹落ちする「アハ体験」があると、同じ問題が繰り返されなくなる……という法則を、僕らは信じているのでしょうね。
本当に正しいかどうかは分かりませんし、万人に起こることかどうかも分かりませんが、僕らの会社では、そういう世界の見方をしている。
同じ問題が続いているかぎり、本人は気づいていないし、変わら……いや、変わる必要は必ずしもなくて、何というのかな。変わることが先にあるのではなくて、気づけば勝手に変わる。そういう感覚を、みんなが共有している。
離職者が多い部長の問題点とは?
つまり、「あの部長の下で、部下の社員がよく辞める」といった事象があったとき、経営会議で、その部長に「あなたの下では、よく人が辞めますよね」と話す、ということですか。
柳澤:やめることに悩んでいたら、です。その人が。
岸見:ああ、なるほど。
柳澤:悩んでいるのなら、「なぜ悩んでいるのか」「それは、どこからくる恐怖なのか」といった話をする。悩みだけでなく、怒りもそうです。怒っているなら、「なぜ怒りを感じるのか」という話をする。そうやって感情が動いたときというのが、その人間が気づくチャンスです。
では、ある部長の下で、部下の社員が明らかによく辞める、という事象があっても、その部長が悩んでなければ、議題にもならない。
柳澤:僕らの会社には「責任を取る」という概念もないですから。「責任を取る。ごめんなさい」とか、「以後、気を付けます」というのは、ほとんど意味がなくて、「何に気づいたか」が、重要なのです。逆に、本人に気づいたことがあって、みんなにシェアすれば、拍手喝采、というか。
実際に経営会議で拍手喝采が起きる?
柳澤:起きますね。「いい話」ということで。例えば、かなり以前の話ですけれど、こんなことがありました。
柳澤: 僕らの会社は、仲間3人でつくった会社で、共同創業者が3人います。そのうちの1人が、何でも自分で抱え込んじゃうタイプだったのです。けれどあるとき、ふとしたきっかけで「人は、助けを求められたいものなのだな」と気づき、役員会で「ちょっと助けてください」と言った。「今まで言ったことがなかったけれど、ちょっと助けてください」と。その瞬間、みんなから拍手喝采が起きました。
「ようやく気づいたか!」と(笑)。
気づけば、変わる
岸見:そういう気づきまでは、なかなかいかないものですね。
私のところにカウンセリングに来られた方は皆さん、私の前で「何が問題なのか」を、話されます。例えば「子どもが学校に行かなくなった」と。そして、自分ではない何かに原因があるのだろうということで、「学校の問題かもしれない」「社会の問題かもしれない」といった話を延々と続けられる。
しかし、根本的な問題は、相談に来られた親御さん自身にあるのです。
その気づきに至るまでに随分、苦労します。「あの子がこんなふうになったのは一体、誰のせいですかね」と言われて、目の前で話している親御さんを、指さしたい気持ちに駆られることもあります。
そういう方が、「実は、自分自身の子どもとの接し方に改善の余地があるのだ」と気づかれると、それだけでかなり前進します。柳澤さんがおっしゃるのは、そういうようなことですよね。「変わることも大事だけど、気づきが大事」というのは。
それを認めるのは「負け」ではないし、「弱さ」の表れでもない。それを認められるような雰囲気があるというのは大事なことです。社内のメンバー同士の間に絶大な信頼関係がなければ、なかなか率直に認められるものではありません。「怖い」「助けてほしい」と言えるような雰囲気は大切です。
「犯人探し」では、解決しない
柳澤:起きている問題に焦点を当てたり、犯人探しをしたりするところからは、議論を始めない、ということなのでしょうね。問題が起きているなら、リーダーの自分自身が、議論の最初に「気づかなかった自分が悪かった」と認め、「自分に一体、何ができただろうか?」と問う。そういうところからリーダーが入ると、みんながそういうモードに入りますよ。「あ、自分も何か足りなかったな」と。
リーダーの僕がそうすることで、物事が円滑に進む感覚はあって、それは大切にしているし、会社の文化をつくるものだと思っています。
といっても、毎回、ちゃんとできているわけではないけれど。
でも、これって日本特有な感覚である気もします。そして「正義が悪と戦う」といった感覚の人に対して、「自分が悪かった」から入っても、物事は円滑に進まないかもしれない。だから、今の自分のやり方がいいと思っていても、決めつけすぎちゃうのは、よくないのでしょうね。そっちはそっちで楽しいと思ったほうがよくて、相手を徹底的に攻撃するところから入るやり方も、やろうと思えばできる、くらいに柔軟なほうがいいのだと思います。
岸見:深刻にならないことが大事だと、私はいつも思っています。
問題は常に起きていて、一つの問題が解決したからといって、それで終わりではなく、また新たな問題が起こります。子育てでも、幼少期の問題が解決したと思ったら、思春期には思春期の問題が起きます。
しかし、そうやって問題が続く状況を、あまり深刻に捉えずに……「楽しむ」という言葉は適切ではないかもしれませんが、問題が発生して、みんなの力でこれから解決していくという状況にやりがいを感じるくらいの余裕があると、随分変わってくると思います。
へらへらしてはダメだけど、余裕は必要
岸見:問題があれば「真剣」に考えるべきで、へらへらと笑っていてはいけませんが、かといって「深刻」に悩んでも仕方ないですし、犯人探しには意味がありません。大事なのは「これから何ができるか」を考えることです。リーダーといえども、完全な答えを持っているわけではないので、アドラーのいう「不完全である勇気」を持つ。すると、ほかの人も「ああ、正解を持っていなくていいのだ」と思い、率直なやりとりができるようになるでしょう。
柳澤:ええ、そうですね。
ちょっと話は変わるのですが、岸見先生は競争を否定しますよね。ただ、僕は子育てをしていて、「競争をまったく学ばなかった子どもはどうなってしまうのだろう?」と、感じたことがあります。
では、そのお話は、次回に詳しく。
上司であることに自信がないあなただから、
よきリーダーになれる。そのために―
◎ 叱るのをやめよう
◎ ほめるのをやめよう
◎ 部下を勇気づけよう
『嫌われる勇気』の岸見一郎が放つ、脱カリスマのリーダーシップ論
ほぼ日社長・糸井重里氏、推薦。
「リーダー論でおちこみたくなかった。
おちこむ必要はなかったようだ」
●本文より―
◎ リーダーと部下は「対等」であり、リーダーは「力」で部下を率いるのではなく「言葉」によって協力関係を築くことを目指します。
◎ リーダーシップはリーダーと部下との対人関係として成立するのですから、天才であったりカリスマであったりすることは必要ではなく、むしろ民主的なリーダーシップには妨げになるといっていいくらいです。
◎ 率直に言って、民主的なリーダーになるためには時間と手間暇がかかります。しかし、努力は必ず報われます。
◎ 「悪い」リーダーは存在しません。部下との対人関係をどう築けばいいか知らない「下手な」リーダーがいるだけです。
◎ 自分は果たしてリーダーとして適格なのか、よきリーダーであるためにはどうすればいいかを考え抜くことが必要なのです。
● 現役経営者からの共感の声、続々!
サイボウズ社長・青野慶久氏
「多様性に対応できない昭和型リーダーシップに代わる答えが、ここにある。」
ユーグレナ社長・出雲充氏
「本書がコロナ禍の今、出版されたことには時代の必然がある」
面白法人カヤックCEO・柳澤大輔氏
「僕も起業家&経営者という職能を20年以上続けてきていますが、いわゆる起業家や経営者っぽくないと何度も言われてきました。自分自身、いわゆるリーダー体質じゃないなと思っていましたが、それは僕自身が知らず知らずにリーダーというものを過去の固定概念で捉えていたからのようです。リーダー像は多様化しており、時代とともに求められているリーダーの性質は変わり、もっといえば、誰でもなろうと思えばなれるし、一人ひとりがリーダーにならないとならないんだと思います。世の中をよりよくするために」
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