沈みそうな船の修復に1年半を要した

 着任当初の東芝は、はっきりいえば破綻寸前でしたから、私も立て直しに注力しました。もちろん最終的にはデジタルに向かいたいのですが、まずは沈みそうな船をなんとか修理しなければなりません。沈みそうになるからには、やはり悪い場所があるわけですから。

 私はそれをレガシーアセットと呼んでいましたが、たくさんある過去の負の遺産を1年で片付けようと思いました。最終的には1年半かかりましたが、少なくとも東芝が持っていた財務的にネガティブなアセットは、すべて片付けました。

 もう一つは、やはり文化的な部分というのもあるわけです。東芝は、過去を振り返ると何度か経営危機に陥りそうになり、そのたびに復活するということを繰り返しています。悪くなったところで誰かが入ってきて、いい会社になったかなと思ったら、また元に戻るというところがありましたので、そこはもう繰り返さないように文化的なアジャストメントもしなくてはいけません。そこで経営理念も見直すことにしました。

 例えば、私たちのDNAは「ベンチャー企業」だということです。東芝はもともと、完全にベンチャー企業ですからね。テックベンチャーの元祖みたいな人が創業した会社ですから、研究所で生み出した技術を実用化してなんぼ、みたいな会社なんです。だからある意味、錬金術師みたいな会社ですね。

 本来は錬金術師なのに、この20年くらいは「ずっと同じ仕事をしていればいいんだ」という典型的な大企業の雰囲気が漂っていました。だから東芝が本来持っていたコアのエンジンが働かなくなってしまったんですね。そしていったん止まってしまったベンチャー企業というのはつぶれてしまいます。

 ただ私が見た感じでは、東芝の中には、特にエンジニアの中には、やはりベンチャー企業としてのスピリットが十分ありました。だから社内を見てとても安心しました。今は東芝に脈々と息づくベンチャースピリットのようなものを掘り起こしていますので、だいぶ良くなってきたと思います。

 事業ポートフォリオについても、私たちはベンチャー型ですから、どんどん入れ替えないといけません。泳ぎ続けないと死んでしまう、マグロのようなものですね。常に研究から出てきたものを事業化して、どんどん入れ替えていく会社なんです。それが停滞してしまったので、気が付いてみると、旬が過ぎたリスクだらけの事業が山のように残っていました。そこでこの数年で7事業、売り上げで約3兆円分を売却して、ほぼ片が付きました。

 東芝はもうからない会社だった、という課題もありました。なぜかというと、とても「いい人」の集団だったから。とても高い値段で仕入れ先から買い取って、すごく丁寧につくって、それを安く売るという、素晴らしく「いい会社」だったのです。だから外からは非常に評判がいいわけですね。

 でもそれでビジネスが続かなければ本末転倒ですから、やはり適正な価格で調達して、世界でベストだと思われる生産方式を我々の丁寧な仕事ぶりの中にビルトインしなければならない。いいものを、適正な価格で売らなければならないんです。

 収益については、私は当初より、3000億円くらいは改善できると見込んでいましたが、約2年間で1300億円くらい改善できました。これで収益がいっぺんに4倍になりました。あと千数百億円分くらいは地道な努力の積み重ねで改善できますので、今後かなり良くなると思います。

 これが東芝の変革のベースをつくっていきます。まずは十分小さくなって、効率のいい会社になってから、拡大する。これが一番大事なんですね。事業をたくさん売ったおかげで、東芝は今、無借金なんですよ。ですから投資の余力はものすごくあります。今後は、ものづくりのところをしっかりとやりつつ、サービスとデジタル、この2つの分野に主に資本を投入して成長していきます。

 デジタルの部分については、デファクト化するとほかのプレーヤーがなかなか入り込めなくなるという特徴があります。ですから、どこかと競合するようなことは考えていません。我々が勝てるところと、ほかの電機メーカーさんが勝てるところというのは違うはずなので、お互い激しくたたき合うようなところには入りません。例えば、先ほど挙げたPOSの世界は、シェアを考えると他社さんが入るのは難しい分野です。

 ワインに例えると、私たちが参入するのは「いい畑がある」エリアだけです。いい畑があれば、たとえ現在は荒れた畑だったとしても、ちゃんとした醸造家が来ればいずれはロマネ・コンティのような優れたワインを出荷できるようになります。でも日当たりの悪い畑しかなければ、いくら優れた醸造家が来てもいいワインを造ることはできません。そしていいワインを造るには時間も必要になります。

 東芝に対して、ほとんどの方は「原発の会社だったんじゃないの」とか、「いや『サザエさん』でしょう」というイメージをまだお持ちですよね。これは本当にありがたいことですが、何十年も培ってきた東芝のブランドはすごく大きいわけです。それがいきなり、「いや、デジタルなんです」と言っても、皆さん東芝とデジタルがつながらないですよね。だから、これには少し時間がかかるでしょう。でも、必ずやります。

 これからは総合電機ではなく、インフラのサービスカンパニーであり、インフラのデータカンパニーになろうと思っています。

 例えば昨年、量子暗号通信システム事業の開始について発表しましたが、こういった次世代の情報セキュリティー技術でも同様です。従来は量子暗号の機械を売っていたんですね。これは総合電機型のビジネスです。そこから一歩踏み出し、量子暗号鍵の配信というサービスを提供します。さらにそこから出てくるデータを使ったデータビジネスまで手掛けます。

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