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 僕も中学生の頃にコンピューターの楽しさに出合いました。初めて買ってもらったシャープの8ビットコンピューター「MZシリーズ」でたわいもないプログラムを作成して喜んでいました。黒い背景のモニターに白文字でコードを打ち込むのが楽しくて仕方なかったのを覚えています。しかし次第に悪い遊び仲間が増えて、パソコンよりも遊び、家よりも外という生活に。コーディングからは離れていくことになりました。

 かなり遅れて準備を始めた大学受験は、受験科目数の少ない私立文系を選択。理数系は得意でしたが、関心よりも効率重視です。しかし、経済学部に進学し、大学3年生の時に入ったゼミで最初に課されたのはFORTRANを使ったプログラミングでした。

 経済分析をするにはまずFORTRANを習得せよ、とのお達しが教授からあり、大学のコンピューター室にこもって米IBMのワークステーション相手に格闘する羽目になりました。当時は、コーディングよりもデータの打ち込みに手間がかかる時代。分析結果を毎週発表し、質問攻めにされるゼミのキツさに、13人いた同期は卒業時には6人に減ってしまいました。

表計算ソフトで十分じゃない

 ちょうどその頃、米マイクロソフトのMultiplan(Excel=マイクロソフトの表計算ソフト=の前身)にハマりました。わざわざFORTRANでプログラムを作らなくても、表計算方式で簡単に分析ができ、入力もたやすく、グラフ作成も容易でした。「プログラミング言語は学ばなくてもよかったんじゃないか」という疑念が湧くほど。何より分析の効率が良くなったので、自分の研究の効率も上がりました。

 最初に入った会社は東京ガス。バブルが崩壊する直前の売り手市場で、どんな大企業でも入れる時代でした。あえて東京ガスというちょっと地味目の会社を選んだのは、そこなら同期の中で目立つことができるかもしれないから。加えて、海外留学を目指すに当たってライバルが少ないだろうと読みました。

 実際、本社の新規事業部隊に配属され、コンピューターの知識を生かして業務プロセスを大きく変えた記憶があります。例えば、外注して開発した事業シミュレーションソフト(BASICで作ったもの)の機能を、Multiplanを使った自前の開発で代替し、より使いやすいものにしました。僕が開発したこのプログラムはその後Excelに移植されて、僕の退社後も10年以上使われたと聞いてます。