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 私が大学を卒業して3年ほどした頃、大学時代の仲間たちと集まる機会がありました。そこで一番驚いたことは、誰もが口をそろえて「大学時代は楽しかった」「週末が待ち遠しくて仕方がない」と愚痴をこぼすことでした。私は当時、マイクロソフトの日本法人で、忙しいながらもとても充実した人生を送っていたので、そのギャップに少し驚いてしまいました。

(著者近影 © naonori kohira)

 特に、私が卒業したのは80年代バブルの絶頂期で、理系の学生は引く手あまた。自由に職を選ぶことができたのにもかかわらず、です。

 ちなみに、私は就職に関して、一度、遠回りをしています。

 もともと理数系の勉強が好きだった私は、子供の頃は漠然と「自分は科学者になる」と決めていました。SF映画に出てくる、白衣を着て、瞬間移動装置を作っているような科学者です。

 そんな私の、小学校の頃の愛読書は、多湖輝氏の『頭の体操』。中学受験の参考書の中から算数の難問ばかりを拾い出して解くのが趣味でした(中学受験はせず、地元の公立中学に進みました)。

 中学時代は、家に帰るとNHK教育テレビの通信高校講座で物理や化学の勉強をするのが大好きで、ためたお小遣いは、すべて「化学実験キット」や「電子ブロック」に費やしていました。

 そんな私がプログラミングに出会ったのは、高校2年の時でした。自分ではんだ付けをして作った NEC の TK-80 というコンピューターで、ゲームなどを作って遊んでいました。

プログラミングが三度の飯よりも好き

 大学への進学は、物理と電子工学のどちらを選ぶか悩んだ末、電子工学を選びました。その頃もまだ自分は「科学者」になると決めていましたが、理論物理の「科学者」よりも、最新の科学を活用した物作りに近い場所の方が自分に向いていると感じていたのだと思います。

 プログラミングは大学時代も続け、アスキー出版(当時は、パソコン雑誌だけを出版していました)というところで毎日のようにプログラミングをするアルバイトをしていました。しまいには「CANDY」というパソコン用のCAD(コンピューター支援による設計)ソフトを開発して、莫大なロイヤルティーを稼ぐほどになっていました。

 当時から、プログラミングが三度の飯よりも大好きでしたが、私にとってプログラミングは趣味でしかなく、大学の研究室では半導体の研究を行い、大学院ではLSIの設計に関わる研究をしました。

 そんな私だったので、就職先としてNTTの研究所を教授に勧められた時には、二つ返事でそこに決めました。日本のトップクラスの大学から、修士号・博士号の取得者が集まるNTTの研究所は、私のイメージしていた「科学者」の働く先としてピッタリだったのです。