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気が付いたら、2000人を前にプレゼン

 そんな調子でプロトタイプを作っていると、ある日、上司が私の部屋に来て、「今度、正式にデモをしてもらうことになったから」と言いました。

 人前で、英語でプレゼンするのは初めてだったので、入念に準備を進めました。できるだけ話さずに済むよう、デモそのものにストーリーを持たせる。ユーザーアイコンに、私のイタリア人の上司の似顔絵アイコンを使うなど、ユーモアも適度に交えながら。

 当日になって出かけて行くと、そこはマイクロソフトがパソコンメーカーやソフトウエア開発者向けに開いているカンファレンスの会場で、その大きさは2000人近い観客が入れるほどでした。

 私がドキドキしながら出番を待っていると、司会者が「今日は特別に、私たちが開発中の次世代OSを初披露します」とアナウンスをし、本当に驚きました。「まだ中身の伴わない、張りぼてのプロトタイプなのに、どうしよう」と心の中でつぶやきながら壇上に上がったことを今でも覚えています。

 入念な準備が奏功し、デモはスムーズに動き、笑いを取る部分ではきっちりと笑いが取れ、満場の拍手で終わりました。

 今、考えてみると、あれは典型的な「ベイパーウエア」と呼ばれる手法でした。存在しない製品をあたかも存在しているかのように見せることで、顧客やパートナーを囲い込む手法です。

 そのプロトタイプが実際の商品になるには、それから5年の歳月がかかりました。Windows95がそれです。この製品は私たちのライフスタイルを大きく変え、今に至る情報革命において大きな役割を果たすことになったのです。

イノベーションは会議室からは生まれない

 ここでご紹介した話は極端な例ですが、新しいものを開発する時に、仕様書やプレゼン資料ではなく、いきなり動くもの、実際に触ることができるプロトタイプを作ることには大きな価値があります。

 これまでに見たことも体験したこともないものを理解したり、価値を見出したりするのは簡単ではありません。当然ながら、そんな理解できないものにお金を出したり、社運を懸けたりする人はいません。そんな時には、プロトタイプを作る。たとえ中身は張りぼてでも、動いているところを見たり、体験したりすると、良さが理解できるのです。突破口が一気に開ける。

 最近、日本の大企業ではイノベーションが起こりにくいといわれています。イノベーションは経営陣の戦略会議から生まれてくるものではなく、「こんなものを作りたい」というエンジニアの熱い思いが作り出すものだということを忘れてはいけません。「良いアイデアがあるのに、理解してもらえない、予算を付けてもらえない」と愚痴る前に、手を動かしてプロトタイプを作ってみてください。ただのプレゼン資料と、実際に動くプロトタイプでは、説得力に圧倒的な差があるのです。