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(著者近影 © naonori kohira)

 私が米シアトルのマイクロソフト本社で働くようになったのは1989年のことです。日本法人で働いていた私が、米国本社で働く強い希望を出したところ、ビル・ゲイツ氏が直々に、次世代OS(基本ソフト)を作っている OOSH(Object Oriented Shell)チームにポジションを用意してくれたのです。

 当時は、市場にあるパソコンの大半は、マイクロソフト 製のMS-DOSという貧弱なOSを搭載した、とても使いにくい代物でした。一方、米アップルが発売した、グラフィカルなユーザーインターフェース(GUI)を持つ Macintosh が、誰にでも使えるパソコンとして注目を集めていました。

 マイクロソフト も MS-DOS 上で動く Windows OS (当時は 2.0)と(米IBMと共同開発した)OS/2 を提供していましたが、使い勝手の面で、アップル に大きく引き離されていました。

 Macintoshにキャッチアップすべく作られたのが、OOSHというチームでした。「Object-Oriented (オブジェクト指向)」とは、「対象となるもの」(例えば、文書ファイル)と、それに対して「できる処理」(編集する、印刷する、読み上げるなど)を分かりやすくひもづけることで、使い勝手(もしくはプログラミング環境)を良くしようという発想です。オブジェクト指向を活用した OS を最初に開発したのは 米ゼロックスのPARC(パロアルト研究所) という研究所でした。それを アップル のスティーブ・ジョブズが見いだして Macintosh という形で世の中に送り出したのです。

 私が配属された OOSH チームのミッションは、オブジェクト指向を全面的に採用した次世代OSを開発し、パソコンを誰にでも使えるものにすることにありました。

会議で発言できなくても、プロトタイプは作れる

 張り切って渡米してOOSHチームに参加したものの、英語がまだちゃんと話せない私にできることは限られていました。会議ではまともに発言できないし、設計書や仕様書も書けなかったからです。

 そこで、見かねたイタリア人の上司が、私にプロトタイプ作りを担当させてくれました。1人でプロトタイプを作るのであれば、英語のコミュニケーション能力は必要としません。

 開発環境は、Smalltalk を採用しました。Smalltalk は、ゼロックスのパロアルト研究所が開発したもので、世界初のGUIマシン Alto の開発に使われた環境です。

 プロトタイプ作りを依頼された私は、まさに「水を得た魚」のようにこの仕事に励みました。Smalltak に込められた設計者たちの思想を最大限に引き出し、発言もできずに聞いているだけの会議の場で提案されたアイデアをいち早く取り込み、「誰でも直感的に使える」インターフェース作りを徹底したのです。「右クリックで出るコンテキストメニュー」「ドラッグ&ドロップ」「タブ」など、Windows 10も継承しているユーザーインターフェースは、この時に作ったものです。