ホンダの創業者、本田宗一郎氏。本田氏が残した経営理念や人生哲学は、今もなお多くの経営者に影響を与え続けている。ここでは過去の記事をさかのぼりながら、本田氏の人となりや現代に残した功績を紹介していく。

世界のホンダを作り上げた本田氏

 ホンダの創業者であり、日本を代表するカリスマ経営者として知られる本田宗一郎氏(1906~91年)。戦前から戦後にかけて自動車修理工場で技術を身に付け、その後エンジンの部品製造会社や二輪車の製造会社(後に四輪車も製造)を次々と興した。

 本田氏といえば、その独自の経営理念や人生哲学でもよく知られている。特に「米国の技術力」に対する憧れと対抗心、常に独自性を重視する姿勢、そしてモータースポーツへの情熱はホンダを世界有数の自動車メーカーへと押し上げる原動力となった。

 今回は1976年の日経ビジネスに掲載された本田氏へのインタビューをはじめ、本田氏の歩みや現代に残る功績について、過去記事から振り返っていく。

本田宗一郎が語った「俺の経営、俺の人生」

 1976年1月5日号の日経ビジネスに掲載された、本田氏へのインタビュー記事。そこでは本田氏の経営者としての理念や人生哲学が語られている。そのいくつかに注目してみよう。

・社長職からの引退について
「社長業をやめるとこうもすっきりするもんかと思う」「(会長職など)もう一つ上の役をつくるなら、社長となんら変わりねえな」「こういう考えはどうにもおかしくてしょうがないな。やめるんならやめるんだね」

・地域との協力について
「自分だけもうけようとしても、どっこい世の中はそうはさせてくれない。近所の皆が協力してくれなきゃあいけない。協力してくれるというのは納得してくれることですよ」「従業員だって、近所の評判が悪けりゃいやなんですよ。それじゃあ、会社にきたって働きませんよ」「金だけで人間は働いてるもんではないですよ」

・尊敬する経営者について問われて
「俺は人とは関係ないんだ。自分で納得できることをやってきただけだもの。ぼくはぼくでやってきた」「どこそこがよいからといって、他人のまねをしたらよいかというと、大間違いだよ。そんなことじゃ、独創的な仕事はできません」

 当時の一般的な日本人経営者と違い「大いに笑い、冗談をいう」「感情を込めて話す」本田氏は、海外での受けも良かったという。

異能経営者の揺籃(ようらん)期、米国への憧憬と挑戦

 「人に迷惑をかけなければ自分は自分(流)で行く」と生涯言い続けた本田氏。型破りで破天荒な言動の多い人物だったというが、それが世界のホンダを作り上げる原動力となった。

 幼少期から機械に興味があった本田氏は、自動車修理工場で技術を身に付け、戦後に自動車部品の事業を興した。「修理屋は修理屋だけのこと。いくら修理がうまくても東京や米国から頼みに来るわけでもない」というのがその動機だ。

 米国への憧れや対抗心をバネに、本田氏はやがて二輪車、そして四輪車の製造に乗り出す。それどころか英マン島で開催される国際的なオートバイレースや、自動車レースの最高峰・フォーミュラワン(F1)に参戦し、それぞれで優勝を飾った。

虚偽の科学や技術はコンプライアンス欠如が原因

 本田氏の理念や哲学は華々しいモータースポーツの世界だけでなく、企業としての地道で健全な活動にも生かされている。

 ホンダの研究開発会社、本田技術研究所に在籍した佐藤登氏によると、「技術論議に上下関係はない」という本田氏の哲学は、社内に「風通しの良い議論」が行える雰囲気や、社内に技術的な不正があれば「誰かが通報したり告発したりするコンプライアンス」を生み出した。

 2015年に発覚した独フォルクスワーゲン(VW)の「ディーゼル排ガスと二酸化炭素排出不正問題」や、16年に発覚した三菱自動車の「燃費不正問題」などは、いずれもホンダでは発生し得ない現象だと佐藤氏は語る。

絶望の現場が“自死”し、燃費偽装が生まれた

 本田氏は、社員の労働環境にも強い関心を持っていたという。

・世界各地の工場を作業着で訪れ、食堂で冷め切った食事を出す料理長に「こんなメシを従業員に食わせて、いい仕事ができると思っているのか!」とカミナリを落とした。

・当時主流だった昼夜2交代制について「昼間やって、翌週に真夜中に仕事して、身体を壊したらどうするんだ!」と指摘し、連続2交代制を初導入した。

 …こうしたエピソードは、そこで働く人を“人”として尊重する本田氏の経営哲学を裏付けるものだ。

哲学が促した40年前の対策

 ホンダでは、従来、労働環境の改善に力を入れてきた。具体的な取り組み内容としては、主に以下のようなものが挙げられる。

・翌日出社時間調整ルール(勤務間インターバル制度)
東京・青山の本社で採用している制度で、勤務が午後10時を超えた場合、退社時間から翌日の出社まで12時間空ける必要がある。約40年前に導入された。

・ノー残業デー
毎週水曜日と第2・第4金曜日をノー残業デーとする。1963年に導入した。

・フレックスタイム
コアタイムを午前11時から午後2時まで(12時から1時までの休憩を除く)とし、可能労働時間は午前6時から午後10時の範囲内(範囲外の勤務は原則禁止)。さらに月に30時間以上の残業は原則認めない。

 こうした取り組みの背景には、「よく働き、よく遊べ」「理論とアイデアと時間を尊重せよ」という本田氏が残した人生哲学があるという。

最後に

 世界のホンダを作り上げたカリスマ経営者、本田氏。本田氏の経営理念や人生哲学は、今も多くの経営者に影響を与え続けている。本田氏の思いは今後のホンダに、そして日本の経済界にどのような変化をもたらすのだろうか。

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