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中国最大のインターネットサービスの1つ、対話アプリ「WeChat(ウィーチャット、微信)」を提供する「テンセント(騰訊控股)」。今やゲーム事業でも利用者を増やし世界一の売り上げを記録。新型コロナ禍の中、ビジネスコミュケーションツールの事業を拡大している。そんなテンセントの沿革や最近の動向を、過去の記事を紹介しながらお伝えする。

テンセントの企業概要と沿革

 広東省深圳市に本社を置くテンセントは、1998年にインターネットからポケベルへメッセージを送るソフトウエアの事業で創業。同社のサービスであるWeChatは、文字や音声、写真や動画、グループチャットなどでコミュニケーションできる無料メッセージアプリ。中国最大のミニブログサイト「Weibo」などと並び、中国で最も人気の高いSNS(交流サイト)の1つだ。テンセントはゲーム事業にも積極的に参入し、16年にはゲーム事業売上高で世界一となっている。今年は新型コロナ禍の影響で、オフィス向けコミュケーションツールの「WeChat Work(企業微信)」の利用も増えている。

テンセントが公開したテスラ車のハッキング法

 そんなテンセントが、米テスラの「モデルS」に遠隔攻撃される脆弱性があることを発見した。テンセントのセキュリティー研究部門である「Keen Security Labs」は16年9月にブログ記事やYouTube動画を公開し、テスラのモデルSには複数のセキュリティー上の脆弱性が存在することを公表。ネットワーク経由で車内システムに侵入して、リモートからドアを解錠したり、運転中の車両のワイパーやブレーキを作動させたりできるとした。

 テンセントは脆弱性情報を公開する前にテスラへ報告しており、テスラは即時に脆弱性を修正していた。それから約1年後、世界最大のセキュリティーカンファレンスであるBlack Hat 2017で、テンセントのセキュリティー研究者が攻撃手法の詳細を解説したのだ。

 しかし講演の最後に、テンセントは今度はテスラの「モデルX」の脆弱性を指摘、講演ではその模様を動画で披露した。なおこれらの脆弱性についても、既にテスラには報告済みであり、テスラによるソフトウエア修正が既に始まっているとした。

「アリババ、テンセントの2強時代は終わる」

 上記の記事を見て分かる通り、テンセントのテクノロジーに関する知見は目を見張るものがある。中国のIT業界、ひいては民間企業全体をけん引しているのは、アリババ集団とテンセントだ。実際、アリババとテンセントからの出資や買収が、スタートアップにとって、一種の出口(エグジット)もしくは上場への経路になっている傾向もある。

 その一方で、アリババとテンセントの2強が支配する構造を変えようという起業家もいる。姜孟君(イヴァン・ジャン)氏もその1人だ。ジャン氏は大学卒業後2年間、米国のシリコンバレーで暮らした。米ヒューレット・パッカードなどでITシステムの設計に携わった後、起業の道を選んだ。

 ジャン氏はこう語る。「今後、アプリを使う人のニーズは一層、細分化されていく。そうなると巨大な1つのアプリやサービスではニーズに応えきれず、様々な中小のサービスが登場するはずだ。これら中小のサービスとユーザーをつなぐのが我々の狙い。アリババやテンセントのようなネットの巨人が独占する時代は終わると考えている」。ジャン氏の取り組みは、巨大プラットフォーム企業の支配を崩す一石となるのだろうか。

日本の“お家芸”に迫るテンセント

 テンセントは拡大を続けている。同社はアニメ、映画、そしてドラマなど、日本が得意とする娯楽分野に進出を始めている。18年8月のアジア競技大会ではゲームの腕を競う戦いが公開競技として実施されたが、テンセントは競技種目となる6ゲームのうち、5つに関与していた。

 オランダのゲーム市場調査会社Newzooによると、17年のゲーム事業売上高の世界ランキングでテンセントはトップに立った。同社は当初、利用者数が11億人を突破したWeChatで中国のインターネット社会をけん引していたが、17年には事業の中核はゲームとなっていた。17年の売上高、約2377億元(約4兆円)のうちオンラインゲームは約978億元(約1兆6600億円)と4割を占める。

 中国は人件費の安さを武器に、衣料品や家電、スマートフォンなどの分野で日本を圧倒した。テンセントは日本がよりどころとする、創造力を要する分野でも日本を超えようとしている。

テンセント、海南島にゲーム事業の拠点設立

 19年、テンセントは海南省三亜市における拠点設立で同市と戦略提携協定を結んだ。デジタル分野のほか、都市のブランディングといった分野でも協力していくという。海南省は18年10月、自由貿易試験区の設立を承認されている。こうしたゲーム事業の拡大は、日本にとって脅威になる可能性があるだろう。

テンセント、タイで動画配信サービス開始

 ゲーム事業を拡大するだけでなく、テンセントは動画事業にも力を入れている。19年には、タイでビデオストリーミングサービスを始めた。既にタイでは、ネットフリックスなどが同様のコンテンツ事業を展開しており、競争が激化する見通し。加えてテンセントはタイでAI(人工知能)やクラウドサービスにも大規模投資する考えを明らかにしていいる。

任天堂、中国でのスイッチ発売でテンセントと協業

 さらにテンセントは、任天堂との協業にも踏み切った。任天堂は19年4月26日、スイッチを中国で発売するため、テンセントと協業していると公式に発表。競合となる米マイクソロフトの「Xbox One」やソニーの「PlayStation 4」はすでに販売許可を得ており、スイッチが発売されれば中国市場に大手3社が出そろうことになる。

香港当局、仮想銀免許をテンセントやアリババなどに追加発給

 こうした勢いを見てか、香港金融管理局は19年5月、実店舗を持たずに個人や企業に金融サービスを提供する「仮想銀行」の事業免許を、テンセントに追加発給。他にも、電子商取引のアリババ集団、スマートフォン世界4位の小米(シャオミ)、保険世界最大手の中国平安保険の4社に仮想銀行の事業免許を発給した。

新型コロナで勃発した中国IT市場の異変

 20年、新型コロナウイルスの感染拡大によって、中国のIT市場に大きな異変が起きた。かつてスマートフォンのアプリストアのランキングでは、動画共有アプリの「抖音(TikTok)」や「快手」が上位を占めていた。しかし今やテンセントのオンライン会議ツール「テンセントミーティング」や、アリババ集団傘下の企業用インスタントメッセンジャー「釘釘(DingTalk)」などの、ビジネスコミュケーションツールが上位に上がってきている。テンセントのWeChat WorkもWeChatを超えてトップ10にランクインを果たした。

 新たなオンラインビジネスの快進撃に大きく貢献したのは、意外にも学生だった。四川省成都市に暮らす高校生の盼盼(パンパン)さんは、教員の指示を受けて、ここ1カ月間毎日、授業の受講や宿題の提出、出席確認などのためにインスタントメッセンジャーの「テンセントQQ」やWeChat、4年前から教育分野に進出したDingTalkを利用している。

 一方で、河北省石家荘市に住む大学生の孫さんは、オンライン教育支援システムの使いにくさに不満を口にする。「授業に導入された9つのアプリに低評価レビューを付けてやりたい」。そんな中、オンライン教育に使われるアプリにこぞって低評価を付けるという反乱が起きた。テンセントミーティングやDingTalkなどはいずれも「星1つ」が最多となり、その次に多いのが「星5つ」となった。こうして、このようなツールに対してアプリストアで付けられる評価は二極化したという。

新型コロナによる“商機”を巡り競争が激化

 WeChat Workなどのビジネスアプリ利用の増加を受け、テンセントをはじめとする中国IT企業数社は1つの結論にたどり着いた。競争に負けないために「コスト度外視で人員や設備に予算をつぎ込むことだ」。テンセントでWeChat Workの提携事業担当責任者を務める李致峰氏はこう振り返る。新型コロナウイルスの流行に伴って急増したトラフィックをさばくため、テンセントはWeChat Workのサーバーを10万台、アリババ集団もDingTalk用に10万台以上増やしたという。

 データ通信量が爆発的に膨らんだこの時期は、少しの油断で競争から脱落しかねなかった。「新型コロナウイルスの流行という商機は一瞬のもので、ここ2~3カ月を逃したら2度とチャンスをつかむことはできない」。華為技術(ファーウェイ)に10年以上勤めるある社員は、社内の対応がニーズ拡大に追い付けず、「我々のWeLinkチームは準備が甘かった」ともどかしさをにじませた。

最後に

 ここまで、テンセントとはどのような企業なのか、そして直近の動向を過去の記事を振り返りながら紹介してきた。同社は、世界で11億人のユーザーを抱えるWeChatを提供し、近年では世界一のゲーム事業売上を達成している。中国政府によるゲーム規制や、米国からWeChatが規制を受けるなど逆風も吹きつつあるが、コロナ禍でのビジネスコミュニケーションツールの市場では事業拡大を続けている。今後も同社の動向から目が離せない。

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