サイバー空間に現実社会の複製をつくる「デジタルツイン」。現実のヒトやモノを使わずに、短期間・低コストで研究やシミュレーションができることから、製造業を中心に活用が広がっている。今回はデジタルツインの活用事例について過去の記事からピックアップする。

ビジネスの効率化につながる「デジタルツイン」

 デジタルツインとは、サイバー空間(コンピューターネットワーク上の仮想空間)に現実社会に存在するものを再現することをいう。「現実社会に存在するもの」としては、ヒトやモノ、さらには建物や街全体も含まれる。

 デジタルツインは各種研究やビジネスへの応用を目的にしてつくられることが多い。例えば現実社会である「機械」が故障した場合、現物を取り寄せて分解しなくてもサイバー空間にあるデジタルツインの機械を調査分析すれば故障原因を把握することができる。また新製品の開発にデジタルツインを利用すれば、開発期間や開発コストの削減が見込めるため、製造業の現場を中心に活用が広がっている。

 この記事では国内外のデジタルツイン活用事例について、過去の記事から紹介していく。

産業丸ごと次世代シフト

 デジタルツインの導入で先進的な取り組みをしているのは、「インダストリー4.0」を掲げるドイツの製造業界だ。ドイツのシューズメーカー、アディダスのデジタル工場「スピードファクトリー」では仮想空間で靴の構成要素をモジュールと位置付け、CAD(コンピューターによる設計)ソフトなどを使って、デジタル空間で作り込んでいく。モジュールが出来上がると、それらを組み合わせて靴全体をデザインする。

 メリットは、開発の効率アップだけではなく、生産の柔軟性を高められることにもある。顧客の要望に応じてソール部分やアッパー部分などそれぞれのモジュールを組み替え、デザインを変更できるようにするのだ。さらには、製造ラインの構成もコンピューター上でシミュレーションし、柔軟に組み替える構想もある。このシステムの構築を支援したのはドイツの重電メーカー、シーメンスだ。

サイバー空間に“もう一人の自分” 判断力低下に備え

 日本でもデジタルツインの研究が進められている。日本総合研究所が中心となり、積水化学工業、KDDI総合研究所、NECソリューションイノベータなど計8社が「subME(サブミー)」と呼ぶサービスの実現を目指すコンソーシアムを設立した。サイバー空間につくられた高齢者の分身であるデジタルツインが、判断能力が低下した本人に対し「こうすればいいのでは」という気づきを与えるという。

トヨタがなぜ“街づくり”に取り組むのか

 トヨタ自動車は実際に人が生活する環境に、自動運転やMaaS(Mobility as a Service)、パーソナルモビリティー、ロボット、スマートホーム、人工知能(AI)などの技術を導入する実験的な「街づくり」に取り組んでいる。

 実際に人が住む街に加えて、デジタルツインやデジタルオペレーティングシステムの開発も進める。現実の世界で何か実験をする前に、まずデジタル空間で実験し、ある程度完成度を高めてから現実に適用することができる。

業績急回復のファナック、バーチャル工場時代にらんだ次の一手

 産業用ロボット、工作機械用CNC(コンピューター数値制御)装置大手のファナックは、デジタルツインを活用し、CNC工作機械と同じ働きをする仮想の機械を仮想空間に設ける。顧客は3次元の仮想の機械で模擬実験をし、工作機械が複雑な形の部品をどの程度の時間で精密に加工できるかを調べられるようにする。

 ドイツのBMWもデジタルツインの取り組みをすでに進めている。2021年4月には、ドイツのBMWは米半導体大手エヌビディアと自動車工場丸ごとをバーチャル空間に出現させた動画を公開し、世界の度肝を抜いた。生産車種の切り替えに応じて、従業員や作業ロボットの配置、資材の流れなどをシミュレーションできる。

EV転換で部品メーカーも激震、日本精工はどうする

 ガソリン車に使われる軸受け(ベアリング)製造の大手、日本精工(NSK)。国内外の自動車メーカーがEV(電気自動車)シフトをしていく中、自動車向け軸受けが数量ベースで3割減になる、との危機感の中、競争力を付けるため、デジタルツインによる新製品開発に力を入れている。試作品をバーチャルで作り、顧客が実際に使うケースと突き合わせながら最適な製品を開発する。同社の市井明俊社長・CEOは「将来的に開発部門のエンジニアの半数がデジタルツインを使いこなせるようにしたい」と語る。

誰でも「デジタルものづくり」 始まった製造業のMaaS

 京都宇治市のHILLTOP(ヒルトップ)は、アルミ材料を削って部品を製造するメーカー。強みは多品種少量生産にある。そこで使われているのが「職人の暗黙知を標準化するソフトウエア」と、それによって作られるプログラムだ。部品を製造するには1機械当たり300の工具が候補となるが、画面上に表示される選択肢を選んでいくだけで機械加工用のプログラミングが出来上がる仕組みをつくりあげた。

 さらに、そのプログラムよる加工を、デジタルツイン上でシミュレーションできる。何か不具合や誤りがあればコンピューター上で修正する。実際の加工が始まった後にミスがみつかれば、コストや時間がかさむが、デジタルツインだとこうしたトラブルはほとんどない。コロナウイルス禍以前は有名自動車メーカーの幹部をはじめ、年間2000~2500人もの人が見学に押し寄せたという。

災害対策IT 観測網は海へ、被害を予測

 日本の国土をデジタル空間に再現したデジタルツインが誕生しつつある。内閣府の戦略的イノベーション創造プログラムにおいて開発が進む「避難・緊急活動支援統合システム(CPS4D:Cyber-Physical Synthesis for Disaster Resilience)」がそれだ。システムの完成は2022年度の予定だが、これにより起こりうる自然災害の規模を事前または発生直後に予測して、最適な救援・救助計画を立案できるようになるという。

最後に

 工場、人格、そして日本全土など、サイバー空間にはすでにさまざまなデジタルツインが誕生している。これらは企業の事業効率を向上させるだけでなく、人々の生活や社会の安全にも大きく寄与すると期待されている。デジタルツインが今後、どのように広まり、社会や私たちの生活をどう変えていくか興味深いところだ。

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