海外生産した商品を国内で輸入販売したり、海外で独自に発展した自国の文化や技術を導入したりする「逆輸入」。グローバル化が進む中、逆輸入は世界各地で広く行われている。しかし、その形態や背景にはさまざまなものがある。さらに新型コロナウイルスの感染拡大や米中対立の激化などによって、逆輸入のあり方にも変化が起きている。
「逆輸入」とはなにか?

「逆輸入」とは、海外向けの商品を国内に輸入して販売することや、海外で発展・アレンジされた自国の文化や技術を国内に持ち込むことを指す。
自動車メーカーが海外工場で生産した車両を日本で販売する「逆輸入車」や、巻きずしをアレンジした「カリフォルニアロール」などがその例だ。逆輸入は日本だけが行っているものではなく、他国の商品や文化が、日本を経由して元の国に逆輸入されるケースも珍しくない。
逆輸入の狙いはさまざまだ。製造コストを抑えることが目的のこともあれば、品ぞろえの多様化や話題づくりを狙ったものもある。
アジア市場を狙いカネボウが欧州の自社製品を「逆輸入」
2019年、化粧品メーカーのカネボウ化粧品は海外向けの最上位ブランド「SENSAI」の逆輸入を始めた。同社では欧州など40カ国以上でSENSAIを展開していたが、それを日本国内の販売網を通じて各地に流通させる。
カネボウの狙いは、中国を中心とした訪日客需要の取り込みとアジア市場でのシェア拡大だ。特に「高級品を好む」中国人を強く意識している。まずは日本で中国人観光客に売り込み、その後中国へ輸出することで市場の拡大を狙う。
ライバル会社の資生堂やコーセーは、中国市場での高級化粧品の人気を受けて、日本国内に工場を新設するなど、需要増に応えようと積極投資を続けている。「乗り遅れた」カネボウとしては、欧州で評価された「日本ブランドの高級品」で巻き返す考えだ。
ブルーボトルコーヒー、「日本の喫茶店」スタイルを逆輸入
15年に米国から日本上陸を果たし、話題を集めた「ブルーボトルコーヒー」。「サードウエーブ(第3の波)」と呼ばれる、新たなコーヒー文化の火付け役だ。21年6月時点で21店舗を展開している。
米国のコーヒーといえば、かつては浅く焙煎した豆を多めのお湯で抽出するアメリカンコーヒーが主流だった。これを第1の波とすれば、1990年代以降に広まったスターバックスコーヒーなどに代表されるエスプレッソをベースにしたカフェラテなどが、第2の波と呼ばれる。
これに対しブルーボトルは、調達した豆を自社で焙煎し、店舗ではハンドドリップなどで1杯ずつ抽出して提供する。これは伝統的な「日本の喫茶店」でおなじみのスタイルだ。このためブルーボトルの日本上陸は「コーヒー文化の“逆輸入”」として話題を集めている。
カラテが米国でクールに見えるワケ
日本文化のシンボルともいえる空手も、米国で新たな価値を身に付けた。
日本と違い、米国では「稽古は通常、年齢や性別に関係なく一緒に行う」のが一般的だ。また、伝統的な日本の空手では「女性は空手を稽古しても、試合はしない方がいい」という考え方もあった。その一方で、米国に渡った空手は独自のスタイルを生み出してきた。
こうした中、1996年、ニューヨークで第1回女子世界大会が開催された。これを契機に日本でも女性の全日本大会が行われるようになった。女子大会を逆輸入することで日本でも女性の空手人口が飛躍的に増えたのだ。
同時期に青少年や壮年の大会も行われるようになった。これで空手をする人たちの層が拡大し、道場の雰囲気や稽古方法も変化している。
合言葉は「GENBA(現場)」、米国でハイボールブーム起こす
日本から米国に逆輸入された文化もある。「ハイボール」だ。ウイスキーをソーダで割るハイボールは、もともと米国で生まれた飲み物だ。それが戦後、日本に伝わり、幅広いシーンで「食中酒」として人気を集めた。
しかし、その後米国でハイボールは「昔の飲み物」と思われるようになっていった。そのハイボールに注目し、米国のシカゴを中心に普及させようとしているのがビームサントリーだ。同社はサントリーホールディングスの米子会社で、もともとジム・ビーム、メーカーズマークといった有名銘柄で知られるメーカーだ。
同社ではサントリーから学んだ日本流の「成功モデル」を米国の飲食店に持ち込み、高感度の店を核に営業活動を展開。米国でも若い世代を中心に、アルコール度数やカロリーの高い飲み物を敬遠する人は増えている。こうした流れもあってハイボールは若い世代に受け入れられ、米国で市民権を得つつある。
中国の「AI大国」化を支える「逆輸入」人材
2017年、AI(人工知能)関連企業の資金調達額は中国が世界一に──。テクノロジー産業の先駆者的存在といえるシリコンバレーの企業群を抜いて、中国企業が世界トップに立ったのだ。
これまで中国企業は、主に製造業で米国や日本のメーカーの良いところを「後追い」するのが基本戦略だった。しかし今や中国は国家戦略としてAI分野にコミットし、AI開発が急伸している。それを支えているのが、北米でAIの研究開発をしてきた中国系の研究者だ。彼らを中国企業が「逆輸入」しているのだ。
米国をしのぐ「AI大国」となりつつある中国。こうした動きの中、IT御三家と呼ばれる「BAT(バイドゥ、アリババ、テンセント)」はさらに、AI関連企業への投資を積極的に進めている。
モザイク化する世界、一体モデル終焉で逆輸入に変化
これまでグローバル化に伴い「逆輸入」の動きが世界中に広がっていたが、新型コロナウイルスの感染拡大によって様相が変わりつつある。
その傾向が顕著になったのが「マスク」だ。これまで日本で販売される使い捨てマスクのほとんどは中国からの「逆輸入」だった。しかし、現地の需要が急増し、それが難しくなった。こうした動きを契機として「日本国内でマスクを生産する」動きが始まった。今後は、マスクなどの低価格の日用品だけでなく、医薬品の一部にも国内生産の動きが広がる可能性はあるだろう。
感染症の広がりだけでなく、米中の新「冷戦」の先鋭化がグローバル資本主義の前に立ちはだかりつつある。米中対立の標的となった中国の華為技術(ファーウェイ)は米企業からの通信用半導体の供給を事実上止められただけでなく、グローバルな調達の道を閉ざされつつある。人件費などコストが低い場所で生産し、それに合わせて資材・部品などのサプライチェーンを整備するという流れに異変が起きているのだ。
最後に
モノから文化まで、さまざまな分野で行われている逆輸入。企業の競争力を高め、新たな価値を創出するなど、さまざまなメリットをもたらしている。一方、新型コロナの影響でグローバル化が停滞するとともに、逆輸入の流れにも変化が出てきた。今後の動向に、より一層の注目が必要だ。
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