1918年から1920年にかけて世界的に流行したスペイン風邪。インフルエンザの一種だが、世界人口の30%ともいわれる膨大な感染者と、約4000万人の死者を出したとされる。スペイン風邪を中心に過去のパンデミックの教訓からコロナ禍がもたらしたものとアフターコロナについて考える。

「スペイン風邪」と新型コロナ

 スペイン風邪とは、約1世紀前に世界的に猛威を振るったインフルエンザの一種だ。当時の世界人口の25~30%が感染し、全世界で約4000万人が死亡したとされ、日本でも約2300万人が感染したという(うち約38万人が死亡)。

 スペイン風邪は、2020年に始まった新型コロナウイルスの世界的な感染拡大としばしば比較される。実際、スペイン風邪と新型コロナには共通点も多いが、スペイン風邪が流行した時代とは人口密度も人々の行動範囲も異なる。疫病の感染が経済に与える影響も桁違いだ。

 とはいえ、スペイン風邪と現在のコロナ禍を歴史的、文化的な視点から比較、検証することで、新たな知見や認識を得られるはずだ。

グローバル化の中、今後も感染症の拡大は起こる

 「歴史的にはグローバル化と感染症は切っても切り離せない」。スペイン風邪のパンデミックが発生した1918年はヨーロッパを中心に第1次世界大戦の最中で、国境をまたいだ大規模な軍隊の移動が頻繁にあった。

 それ以前に流行した疫病も同様だ。例えば5世紀から8世紀にかけて、天然痘がインドから広がり、日本でも流行。聖武天皇が東大寺を建立したのもそのころだ。14世紀にはモンゴル帝国がヨーロッパに迫った後、ペストが大流行した。スペインが南米などの新大陸に達した大航海時代の16世紀には再び天然痘が世界的に感染拡大し、東インド会社が活躍した19世紀から20世紀にかけてはアジアでコレラが流行するといった具合だ。

 グローバリゼーションの中、感染症の拡大はこれからも起こり得ると考える方が自然なのだ。

人類学者の長谷川眞理子氏「人類史上、密集都市は異常」

 スペイン風邪が流行した時代とコロナ禍の現代には決定的な違いがある。当時の世界人口は現在の4分の1ほど。海をまたぐ長距離の移動は船で、今のように高層ビルや巨大な競技場はなかった。今は、地球上に80億人近い人がいて、そのほとんどが都市部で密集して暮らしている。移動しようと思えば、誰もが飛行機や自動車を使ってどこにでも行ける。

 この違いは、スペイン風邪と新型コロナの感染拡大のスピードに表れている。スペイン風邪は2年ほどで世界に広がったが、新型コロナは1~2カ月で世界中の国々に感染が拡大した。

「ウイルスとの戦い、求められるのは強いリーダーシップ」

 スペイン風邪が大流行したおよそ100年前と比べ、グローバリゼーションが進展した現代は、感染症の脅威がさらに増している。国境をまたぐ人の往来は激しく、ひとたび感染が始まればその拡大スピードは速い。さらに、世界中に広がる製品のサプライチェーン(供給網)の一部が途切れるだけで、経済的な影響は甚大だ。

 一方、この100年で医学は大きく進歩した。疫学的な知見の蓄積やIT(情報技術)の活用で情報共有の方法も進化している。抗インフルエンザウイルス薬「アビガン」を開発した富士フイルムホールディングスの古森重隆会長は、「かけがえのない多くの命が失われていくのを、いかにとどめていくか。現代人の知恵と連帯が試されている」と語る。

コロナ下の組織文化、「つながり」「決まり」が過剰に

 「ウイルスが社会や人にもたらす変化はたとえ感染自体が収束しても、長く根深く残る」と話すのは、武蔵野大学の宍戸拓人准教授だ。スペイン風邪は20年間にわたって社会の分断という形で文化を残し続けたというデータが、米スタンフォード大学のハヤグリーヴァ・ラオ教授らによって示されている。ウイルスが社会や人にもたらす変化はたとえ感染自体が収束しても、長く根深く残っていくのだ。

 不確実なコロナ下では「つながり」や「決まり」が重視されやすい。だが、これを重視しすぎると不確実性の高い世界で生きる組織の力を失わせてしまう。「つながり」や「決まり」が優先される組織では、波風の立つ意見がオープンに主張されなくなるのだ。そんな中、日本企業に求められるのは誰かが波風の立つ意見を述べても他の人々が受け止める組織づくりだ。

出口治明氏「ウイルス対人類の戦いはグローバル化を加速する」

 歴史を振り返ってみると、短期的にはいざ知らず、中長期的にはパンデミックはグローバリゼーションを加速していると立命館アジア太平洋大学学長の出口治明氏は言う。例えば、14世紀のペストはルネサンスと宗教改革を生んだ。ルネサンスはイタリアからヨーロッパ全域に、宗教改革はドイツからフランス、そして世界に広がった。そしてスペイン風邪のパンデミックは第1次世界大戦を終わらせる1つのきっかけとなり、国際連盟が結成された。

 出口氏は、グローバリゼーションのダークサイドがパンデミックとしながらも、パンデミックが起こったからグローバリゼーションをやめるのは、自動車は人を殺すから自動車産業をつぶして自動車をなくしてしまえという議論と同じだという。「グローバリゼーションのおかげで、コロナウイルスの被害をこれだけの状況にとどめることができている」のであり、新型コロナは「人類のグローバルな信頼と連帯」を試すものだとする。指導者だけではなく、社会の成熟度が全世界で試されているというのだ。

最後に

 100年前に発生したスペイン風邪は、新型コロナの感染拡大に直面した現代にさまざまな教訓を残している。それによって、現時点のコロナ禍だけでなく、今後も起こり得る感染症についての準備や認識を高められる。歴史的、文化的視点で感染症について考えることは重要だ。

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