どのような発言をしても拒絶されず、罰せられることのない職場環境を意味する「心理的安全性」。もともとは米国で注目され始めたキーワードだが、最近は日本でも企業や省庁の関心を集めている。今回は心理的安全性をテーマにした過去記事をピックアップしていく。

国も企業も注目する「心理的安全性」

 心理的安全性とは「職場でどのような発言をしても拒絶されることがなく、罰せられる心配もない状態」のことを指す。米ハーバード大学のエイミー・C・エドモンドソン教授が使ったことで注目を集めた言葉だが、最近では農林水産省や金融庁などもこの言葉を使用するなど、日本国内においても関心が高まりつつある。

 とはいえ心理的安全性は、互いに「空気を読んで」仲の良い状態を維持する日本的な職場環境とは似て非なるものだ。むしろ「空気を読まない発言」にも拒絶反応やマイナスの評価を下さない雰囲気、暗黙の了解によって安心できる空間をつくることこそが心理的安全性の本質だとされる。

 この記事では心理的安全性のない企業が抱えるリスクや、心理的安全性が意味する本当の価値、そして心理的安全性に注目する経営者の発言を過去記事から振り返っていく。

「心理的安全性」のない組織はコンプライアンス問題を起こす

 心理的安全性のない組織では「問題行為が横行しやすい」という。たとえば業務において違法行為と思われる事案を上司や通報窓口に伝えることで、伝えた本人が被害を受ける可能性があれば、誰も正しい進言をしようとしなくなる。

 その一例が2015年当時のドイツ・フォルクスワーゲン社だ。同社では当時のCEO(最高経営責任者)が「部下を不安と脅しによって追い込み、何がなんでも目標を達成させる」姿勢を貫いたため、結果としてディーゼルエンジンの排ガス規制違反という深刻な事案を招いてしまった。

率直に指摘し合える職場に必要な「4つのA」

 心理的安全性のある職場環境のお手本として挙げられるのが米ネットフリックス社。同社の職場環境は、社員が「お互いに対して率直なフィードバックを与え合う」というものだ。

 フィードバックを与える側は「相手を助けようという気持ち(Aim to Assist)」で「行動変化を促す(Actionable)」内容を伝え、フィードバックを受ける側は「感謝する(Appreciate)」ことと、それに従うかどうかを自分で「取捨選択する(Accept or Discard)」ことを意識しているという。

東京オリ・パラを前に、LGBT対応が必須に

 心理的安全性はLGBT(性的少数者)の働きやすさとも関連している。LGBTがカミングアウトをしても安心していられる職場は、LGBTにとって本来の自分らしさをひた隠しにする必要がない「安心できる居場所」と言えるからだ。

 しかし博報堂DYホールディングス(HD)グループのLGBT総合研究所(東京・港)によると、職場でカミングアウトできているLGBTの割合は4.3%にとどまるといい、多くの職場で心理的安全性が確保できていない現状がうかがえる。

東京海上HD・小宮暁社長「補償だけの保険はいらない」

 心理的安全性の重要性を理解する経営者の一人が、東京海上ホールディングス(HD)の小宮暁取締役社長だ。1983年に入社した当時、先輩から「上司からの命令や指示であっても、おかしいと思ったら3回まではノーと言い続けてもいい」という教育を受けたという。

 「こうした良いカルチャーを残していかなければならない」と語る小宮社長のもと、同社では「真面目な話を気楽にする会(マジきら会)」を定期的に開催し、心理的安全性のある職場づくりに努めている。

「ノルマ廃止で組織が一変」 商工中金・関根社長が語る風土刷新

 不正融資問題に揺れた商工組合中央金庫。経営立て直しのため西武ホールディングス(HD)から商工組合中央金庫の代表取締役社長に就任した関根正裕氏は「不祥事はここで働く人が悪いのではなく、組織的な課題のせい」と語る。

 組織的な課題とは「上意下達で上司の言うことが絶対」という完璧なピラミッド型の組織形態のこと。改革のために「風通しの良い組織」を目指した関根社長だが、近年注目を集める「心理的安全性」を初めて知った時は「自分が前から考えていることと同じなのではないか」と感じたという。

「やめる」から始まる経営改革を 三洋化成・安藤孝夫会長

 社長職にあった10年間、「非効率、不合理、不公平を社内から取り除く」という信念を貫いてきたと語るのは三洋化成工業の安藤孝夫取締役会長だ。特に力を入れたのは、無駄と思われることをトップダウンで徹底的に「やめる」ことだ。

 そうして前例を見直していけば、ボトムアップの動きも活発になる。結果として同社は女性やLGBTQ(性的少数者)といった多様な人材が心理的安全性を確保できる職場環境となり、30歳前後のリーダーが生まれるなど組織のダイバーシティー(多様性)も進んだという。

最後に

 心理的安全性は単に「仲の良い職場」「居心地のいい職場」ではない。むしろどのような発言も批判や処罰を受けないという安心感で、職場のパフォーマンスが上がることが心理的安全性の真の意味だ。日本企業にも、こうした心理的安全性を理解し重視する経営者がますます増えることを期待していきたい。