日本を代表する化学企業、東レ。「構造不況業種」ともいわれた合成繊維業界にあって、何度も苦境に立たされてきた。しかし、そのたびに危機を脱し、成長と変革を遂げてきた。なぜそんなことが可能だったのか。その経営思想や、長期的な視野で技術の種を育て、新たな糧を得る姿勢からその力の源泉を探る。

革新的な素材や製品を世に送り出してきた東レ

 東レは1926年、「東洋レーヨン」として設立された大手化学企業だ。東京に本社、大阪には大阪本社を置き、合成繊維・合成樹脂をはじめとする化学製品や情報関連素材を取り扱っている。三井グループの中核企業の一つとしても知られている。コーポレート・スローガンは、「Innovation by Chemistry(化学による革新と創造)」だ。2010年に東レの会長となった榊原定征氏は、14年から18年まで第4代日本経済団体連合会(経団連)会長を務めるなど、日本経済界における東レの存在感は大きい。同社の特徴は、モノづくりへのこだわりだろう。これまで、様々な革新的な素材や製品を世に送り出してきた。

企業と国民、利益相反せず

 14年6月、榊原定征氏は、東レ会長として経済界を率いる「経団連会長」に就任した。当時、経団連の影響力低下を指摘する声もあったが、「我々への期待はすごく大きいと感じます。特に海外から見ると、我々が日本の経済界の代表という位置付けは全く変わっていません」と強調。

 その一方で、社会的使命を担う責任の大きさも感じていた。「アベノミクスが始まって1年半、デフレからの脱却が現実味を帯び」てきたとし、「これからの課題は、それを本格的な成長軌道に乗せること。経済成長を達成する主役は民間企業であり、我々がけん引役を務めるという意気込みです」と言う。「企業が競争力を失い、同時に生活が豊かになるということはあり得ません。みんな同じ船に乗っているんですよ、ということをしっかりと示したい」とした。

「深は新なり」に潜むワナ

 14年当時、東レは業績も好調で、絶頂期を迎えていた。同社のビジネスは、国内製造業の理想型といっても過言ではないだろう。信念に従って愚直に技術開発に取り組み、良いものをつくり続ければ利益を稼げる。過度に顧客にこびることなく競合を圧倒。口さがないアナリストも絶賛し、文句を言う株主や社外取締役も見当たらない。競合が苦戦する中でも最高益更新を射程に収め、榊原会長は財界の長として君臨する。

 一方、強烈な成功体験を持つ企業ほど、それに足をすくわれやすいことも歴史が証明している。10年から社長を務める日覺昭廣氏が「全ての事業が弱点だ」と逆説的に語るのは、自らが成功に酔うことを戒めているからだろう。少しでも変革の手を緩めれば、東レといえども歴史の法則に捕まってしまう。そんな危機感が心中にあるに違いない。

 ならば東レは何をどう変えるべきなのか。取材を進める過程で、何度も同じキーワードに遭遇した。それが、「深は新なり」だ。これは、東レ社内で長年語り継がれている、俳人・高浜虚子の言葉だ。1つのテーマを深く掘り下げていくと、新たな発見が生まれる。この姿勢こそが、今の東レを形作った。だが、そこに潜む「ワナ」も存在するのだ。

最後の 繊維メーカー

 世界にまたがるサプライチェーンと、技術に裏打ちされた商品群。縦糸と横糸のように、この2軸を網羅する繊維企業は東レの他にない。14年当時、東レに比肩し得る繊維メーカーは世界に存在しなかった。繊維事業の営業利益は14年3月期に過去最高となる529億円を達成。これは国内の同業7社の繊維事業の営業利益を合算した額の倍以上だ。

 だが、東レが繊維業界の巨人になるまでには、長い年月を要した。それは、何度失敗しても諦めず立ち上がってきた歴史でもある。日米間の繊維貿易摩擦、ニクソンショックと2度の石油危機、プラザ合意に伴う円高不況などで合成繊維は「構造不況業種」とみなされた。その後、苦境を乗り越えたものの、生産拠点を東南アジアに集中させた後に起きた1997年のアジア通貨危機、そして2000年ごろから大増産に走った中国の繊維メーカーの台頭によって、02年3月期には単体で初の営業赤字に転落している。

 だが、カジュアル衣料「ユニクロ」との協業関係などによって、東レは屋台骨を支える新たな成長の糧を得た。東レは、最後の総合繊維メーカーとなった後も、持続的な成長を追求するために手を抜いていない。

東レ日覺社長、「日本のガバナンス改革には問題がある」

 東レの日覺社長は、日本企業のガバナンス改革について高い問題意識を持っている。その比較対象にするのが欧州企業だ。

 欧州企業では、環境問題に対する意識が高く、オープンイノベーションを進める産学官連携の研究開発も進んでいる。そのためM&A(合併・買収)によるポートフォリオの入れ替え、見直しも盛んだ。これらは自社の強い領域を確保するための戦略であり、業界で圧倒的な競争優位を保つことを目的としている。背景には、コーポレートガバナンス改革が進み、株主からの圧力が増大したことで、低採算事業の継続を許容しないという意識の浸透があるという。

 日覺社長はこれに日本企業が遅れているとする。ただ、自社に強みのある成長領域に経営資源を積極的に投資し、必ず勝つという東レの考え方は、基本的には欧州企業の戦略と変わらないという。

ユニクロ×東レが挑むペットボトル・古着再生服

 東レは新規事業の展開にも積極的だ。同社はファーストリテイリング傘下のユニクロと共同で、リサイクル材から作った新製品を20年に発売している。その一つが、使用済みペットボトルを原料に、ポリエステル繊維を製造し、高機能の速乾ウエア「ドライEX」に結実させた。従来は異物混入などが原因で、高機能繊維の生産は難しかったが、東レが異物を除去するフィルタリング技術を開発し、課題を克服した。

東レ・日覺社長「資本主義の変質に惑うな」

 東レの日覺氏は、昨今の資本主義経済のあり方、そしてそこで活動する企業について独自の見解を持っている。なかでも興味深いのが「資本主義が金融資本主義に変質した」という見解だ。大切なのは、「投資家と投機家、株主資本主義と金融資本主義を明確に分けること」だという。「投機家は株価ばかりを見て、その会社の事業やビジョンにはほとんど関心がない。本当の株主は、会社の事業内容を理解して、『東レの炭素繊維に懸けよう』と共感してくれる。だから、投機家の言うことに惑わされること自体がおかしいわけです」

東レの日覺社長「高速で株式を売買する人は真の株主か」

 株主利益の最大化に偏った「株主資本主義」を見直す動きが世界で広がっている。会社は株主だけではなく、他のステークホルダー(利害関係者)も重視しなければならないという見方だ。日覺社長も、こうした動きは少しずつ広がっていくとみている。米国には「ベネフィット・コーポレーション(B企業)」という認証制度があり、企業は社会貢献をすべきだとの考えが広まっているという。

 「世界は、我々日本人が長年大切にしてきた考え方にようやく追いついたと感じています」と日覺社長は述べる。ただ、同氏は「一番憂慮しているのは、日本は今、欧米の古い考えを模範として突き進んでいることです」と日本企業の動向を憂いている。

50年も当たり前、超長期の研究開発こそ東レの命脈

 東レが炭素繊維の本格研究に着手したのは1961年だった。釣りざおやゴルフクラブといった少量の需要で事業を育てながら、念願の航空機に使われるようになったのは2000年代に入ってからだ。研究開発の果実を得るのに要した時間は実に半世紀。息の長い研究開発に取り組み、短期利益を重視する風潮とは一線を画している。

 東レのCTO(最高技術責任者)である阿部晃一副社長は「短期の利益だけを考えて、すぐにものになるものだけに経営資源を集中すると、その時は良くても必ず後でネタが尽きる」と強調する。

 日覺社長は、コロナで世界が変わり、東レに追い風が吹くとみている。各国政府が進める「脱炭素」や「SDGs(持続可能な開発目標)」も10年、数十年先を見通した長期ターゲットだ。長期戦略に基づく東レの経営モデルに世界標準が近づいてきている。

最後に

 かつて「構造不況業種」といわれた合成繊維産業にあって、何度も苦境に立たされてきた東レ。だが、そのたびに復活の道を歩んできた。そこには苦しいときも好調なときも、持っている技術の種を基に、新たな成長の糧を求めて自社を変革してきた姿がある。また資本主義における企業のあり方にも思いをはせ、社会の中で企業はどうあるべきかを考え続けている。世界に誇れる優れた業績と製品を送り出してきた力と企業文化を今後も保ち、成長と変革を継続できるのか。その動向から目が離せない。

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