高品質なアウトドア用品で熱狂的なファンを抱える「スノーピーク」。本社敷地内にキャンプサイトを開設し、アウトドアの楽しみ方を提案するなど、その活動は単なるメーカーの枠を超える。過去のコラムや対談記事から「スノーピークが人気を集める秘密」を掘り起こしていく。

国産アウトドアメーカー「スノーピーク」とは

 新潟県三条市に本社を置くスノーピーク。現在はアウトドアメーカーとして多くのファンを持つが、前身は山井幸雄商店という金物問屋だ。創業は1958年で、63年に「スノーピーク」を商標登録。その後、釣り具や登山用具などを扱うアウトドアレジャーメーカーとして発展した。

 同社の社名は「山井幸雄商店」→「有限会社山井商店」→「株式会社ヤマコウ」と変遷し、96年に現在の名前になる。同年に社長となった山井太氏は、ユーザーの声を直接拾い上げながら高品質なアウトドア用品の開発に集中、同社を日本有数のアウトドアブランドへと育て上げた(2020年3月27日、山井太氏は会長に就任。社長には長女の山井梨沙氏が就任した)。

 ここでは過去に掲載された山井太氏自身によるコラムとインタビューを中心に、スノーピークの理念や取り組み、人気の秘密をたどる。

都会人よ!人間性の回復は難しくなっている

 今も年間40~60泊のペースでキャンプを楽しむという山井太氏。父の後を継ぎ、社長に就任してから20年が経過した(16年5月現在)が、「経営と野遊びは、ある意味同じ」だと語る。キャンプでは突発事故は日常茶飯事だが、経営でも「マクロ環境は日々変わっていくし、突発的な事故も数多く発生する」というのがその理由だ。

 その山井氏にとって、心の底からの幸せを感じられる瞬間は2つあるという。1つは「自分でもワクワクするような製品ができたとき」、もう1つは「製品がキャンプシーンに取り入れられ、人の幸せな瞬間が増えていると実感できたとき」だ。

 この幸せを感じ続けるため、山井氏は「5年先や10年先」に「どんなデザインやテイストがはやるのか。どう自然と人とをつないで癒やされる空間をつくるか」を常に考えているという。

自分の食べないイチゴは出荷するな

 「世の中を良くしたいとか、地球環境に貢献したいといった純粋な気持ちとフェアな精神」を持つ相手でないと一緒に仕事はできないと山井氏は言う。そうした企業の1つが新日鉄住金(現日本製鉄)だ。「共にいいものをつくろうという一心」で二十数年来の付き合いを続けている。同社の看板製品の1つ「チタンマグ」も、そのコラボレーションによって生まれた。

 品質に妥協しないスノーピークの思いは、同社の「永久保証」にも表れている。「品質に自信が持てない製品は出荷してはならない」と山井氏は語る。

ラグジュアリーなキャンプギアの開発と経営危機

 2代目として家業を継ぎ、アウトドアブランド「スノーピーク」を育て上げた山井氏。しかし大学卒業時は外資系商社リーベルマンウェルシュリーに就職、欧米のラグジュアリーブランドを日本で展開する仕事をしていたという。父親の会社(当時は株式会社ヤマコウ)に入社する際に「ラグジュアリーなキャンプを提案したい」としてオートキャンプ用品の事業をスタートさせたのも、当時の経験があってこそだ。

 オートキャンプを「安くてお手軽なレジャー」ではなく「かっこいい存在」と位置付けたスノーピークの製品は、バブルの時代に大ヒットした。とはいえ、同社の製品は「かっこだけ」ではない。製品の質を徹底的に上げて「永久保証の価値」を付けることで、当時ほとんど存在しなかった「ラグジュアリーでハイエンドなキャンプ用品」を誕生させた。こだわり抜いて開発した16万8000円という高価格のテントも、初年度だけで100個ほど売れた。これには山井氏も驚いたという。

 しかし、1994年からスノーピークの売り上げは下降線をたどる。山井氏は当時を振り返り「企業として存続していく社会的意義がよくわからなくなっていた」と語る。「モノはいいけれど値段が高い」「店の品ぞろえが充実していない」といったユーザーの不満を真剣に受け止め、流通戦略の抜本的な見直しや店舗の絞り込みなどの改革を断行した。再び増収増益に転じたのは2000年ごろからだ。

「グランピング」は地方創生とつながっている

 「世界に向けてスノーピークが発展していくためには、まず地元で、やるべきことをきちんとやらないといけない」と考える山井氏。11年に地元・燕三条地域で5万坪の土地を購入、社屋と工場、キャンプ場を開設した。しかも「熟練したスタッフによるキャンプ指導」や「地元の業者によるさまざまなアクティビティー」などアウトドアの楽しみ方まで提案する徹底ぶりだ。

 山井氏が目指すのは「アウトドアにおける、エルメスのような存在感のあるブランド」だという。高い付加価値を与えた「グランピング」(自然を満喫できる、ラグジュアリーなキャンプ)を通して、地元の人、お客、スノーピークの社員のみんなが満足する「三方よし」を実現している。

キャンプは人間性の回復につながる

 スノーピークは「アウトドア系の企画」を提案し、それを自治体と一緒に実施することで地方の活性化を図っていきたいという。その背景には「自然と触れることによって、人間性を回復してほしい」という山井氏の思いがある。

 日本のキャンプ人口は全人口の6.5%程度だ(18年当時)。ただし、比率が少ないということはビジネスチャンスでもある。本社屋に併設したキャンプ場では手軽にキャンプを体験できる「手ぶらキャンププラン」というメニューを提供している。このほか直営キャンプ場での提供や、提携キャンプ場を増やしていくことなどで、キャンプ人口を増やしたいとしている。将来的にはキャンプ人口を「20%くらいまで持っていきたい」とする。

 自然に深く包まれることで人間らしさを取り戻し、個人や家族、地域が再びつながっていく。「本質的な豊かさを感じる暮らし」が人間らしさの回復につながっていくと考えているのだ。

社内でデザインすることでお客さんの先が見える

 スノーピークの製品はデザイン性の高さで知られるが、外部のデザイナーを使うことはないという。その理由について、山井氏は機構デザイン(機械の内部の構造)を理解していないと、同社の製品のデザインはできないとする。

 道具として独自性があり、高度な機能を備えたモノを考案する。そこから構造を考え、最適な部品を調達する。既存の部品に求めるものがなければ工場と一緒に開発する。そして最終的に美しい姿形におさめる。この一連の手順に対応できるのは「インハウスデザイナーだけ」というわけだ。そのために同社では「美大のプロダクトデザインで優秀な成績を収めた人材」を採用し、社内デザイナーとして育成しているという。

 スノーピークではライフスタイルを語るからには、ギアだけでなくアパレルも必須と考え、アパレルも手掛けている。「HOME⇄TENT」をコンセプトに、心地よく自然志向ライフスタイルをサポートするのが狙いだ。

 建築家の隈研吾氏とのコラボレーションで誕生した、木でできたトレーラーハウス「モバイルハウス“住箱”」も特徴的だ。ベース価格は400万円と安くはないが「思っていたより好反応」で予想以上に売れているという。

スノーピークが考えるグローバル戦略とは

 日本国内で絶大な人気を誇るスノーピークブランドだが、山井氏は「国内だけを見ていてはだめ」と語る。すでに1996年には米国のオレゴン州に拠点をつくっていたが、2000年代に入ってからはアジアやヨーロッパ、オセアニアにも次々に展開している。13年に支店を開いた台湾では、特に「盛り上がりがすごいことになっている」という。

 今後は海外に向けて自然を五感で体験できることをもっとアピールする。「野遊び=NOASOBI」という言葉をそのままの発音で世界に広めたい、とする山井氏。アウトドアに触れることで人生の価値が上がる「ライフバリュー」の提供を目指している。

スノーピークにファンが熱狂する理由

 スノーピークの製品は他社のものに比べて高価なものが多く、原則として値引きもない。それでも同社の熱狂的ファンは少なくない。

 人気の秘密は品質やデザイン性の高さだけではない。スタッフと泊まりがけでキャンプを楽しむ「スノーピークウェイ」など、ユーザーとスタッフの距離を縮める仕掛けも同社ならではの魅力だ。累計100万円以上の購入者と経営幹部がたき火を囲みながらキャンプをするイベントもある。

 こうした「コミュニケーション力」に加え、デザインと機能性に優れた「商品開発力」、チラシや電話などの泥臭い営業も怠らない「販売力」の3つを兼ね備えていることが、スノーピークにファンが熱狂する理由だという。

最後に

 日本を代表するアウトドアブランドとして、多くのファンに支持されているスノーピーク。単なるメーカーの枠を超えて、アウトドアの魅力や、それによって「人生を豊かにする」方法を発信し続けている。

 スノーピークの取り組みを通して、日本のアウトドアシーンが今後どのように発展していくか注目していきたい。

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