現代日本の社会問題の1つといわれる「過労(死)」。政府による対策は30年以上にわたるが、長時間労働の問題が解消する気配はない。この10年ほどを見ても、過労死や過労自殺の数は毎年200件近くで推移している。本記事では過労や過労死に関する過去記事を通して、日本社会が抱える課題や影響を振り返る。
世界的な知名度も高い、日本の「過労」と「過労死」

働き過ぎにより心身が消耗する「過労」、そして過労による死や自殺を意味する「過労死」という言葉が一般的になったのは1980年代後半といわれる。その後、過労や過労死は日本の社会問題として世界的に知られるようになり、2002年にはOxford English Dictionary Onlineに「karoshi」という単語が登録されるまでになった。
過労や過労死の原因となる長時間労働を規制するため政府も対策を行っている。労働時間の上限を「1週間40時間」「1日8時間」と定めた労働基準法の改正(1987年成立、88年施行)をはじめ、各種法令の改正や新法律の制定などがそれだ。近年も2015年に「過労死等防止のための対策に関する大綱」が閣議決定され、ほぼ毎年のように大綱に基づく議論や見直しが行われている。
それでも、過労・過労死の問題は一向になくならない。厚生労働省が公表している白書によると、過去10年余りの「過労死による労災申請」は毎年700〜900件の間で推移しており、そのうち100件前後が労災認定されている。過労自殺まで含めると、その数は200件近い。
過労の問題を解決するには、国や自治体の施策だけでなく、当事者の一方である企業側の意識や社会全体の意識も変えなくてはならない。
若者を過労自殺に追い込む「平成の悪しき産物」
昭和の後半から社会問題となってきた過労死や過労自殺。その背景には「昭和の悪しき遺物」である長時間労働がある。加えて平成ならではの「組織社会化過程の欠如」も、若者の過労自殺に深く関係するという。
そもそも組織社会化とは「個人が組織内の役割を引き受けるのに必要な社会的知識や技術を獲得するプロセス」のことだ。いわゆる「見習いさん」や「新人さん」として、しっかりトレーニングを積むことがそれに当たる。
しかしどの業界も人材不足が慢性化している平成の時代、組織社会化の過程を経ないまま仕事や責任を押し付けられる若者が増えている。その結果の1つが若者たちの過労自殺だ。
遠い過労死根絶、違法残業6割
2016年には、前年末に起こった電通の女性新入社員、高橋まつりさんの過労自殺が波紋を広げた。16年10月13日の意見交換会で安倍首相が事件に言及し、その翌日には東京労働局過重労働撲滅特別対策班(かとく)などが電通の本社・支社に一斉立ち入り調査を実施。電通の違法残業の実態が次々と明らかになった。
実は経営者と働き手の双方とも、長時間残業については「個人の健康に悪影響がある」「個人の生産性が低下する」「女性など多様な人材が持続的に働けなくなる」など否定的な考えだ。それにもかかわらず「悪弊」はなくならない。長時間労働や過労死、過労自殺の問題を解決するには、国による強制力を持った措置が必要だ。
「残業規制100時間」で過労死合法化へ進む日本
17年3月13日(当時)、経団連と連合が話し合う「時間外労働の上限規制等に関する労使合意の原案」において繁忙期に「ひと月当たり100時間を上限」とする案が合意された。この基準は国が「過労死ライン」とする月80時間を超えており、過労死リスクの増大が懸念される。
国による「働き方改革」も「事業者に努力義務を課すよう法律に明記する」方向で議論が進んでおり、「休む権利」の担保や「休ませる法律」の整備といった強制力のある解決策は見えてこない。
政府が過労自殺対策を重点施策に
新入女性社員の過労自殺をきっかけに違法な労働実態が明らかとなり、社会から大きな批判を受けた電通。「19年度までに社員の総労働時間を2割削減しつつ同じだけの成果を出す」とする「労働環境改革基本計画」を発表した(17年7月当時)。
同社では16年秋から「午後10時以降の原則残業禁止」も実施している。複数の電通社員の証言によると、当初は「サービス残業」が行われていたという。当時の同社社長の山本敏博氏も「(現状に)無理があり不合理があることは認識している」と認めており、抜本的な問題解決への道のりは険しい。
とはいえ、長時間労働は日本の企業社会全体に共通する問題だ。政府は「自殺総合対策大綱」を閣議決定するなど「勤務問題による自殺対策」に力を入れるが、そのためにも過重労働の実態解決が急がれる。
「雇用環境」の消費者意識に過労死事件が影響?
「暮らし向き・収入の増え方・雇用環境・耐久消費財の買い時判断・資産価値」の5項目で今後半年間の見通しを回答してもらう消費動向調査。16年12月の消費動向調査では3カ月ぶりに数値が上がったが、「雇用環境」だけは3カ月前の水準に届かなかった。日銀の「生活意識に関するアンケート調査」(16年12月分)でも、1年後の雇用や職場での処遇に「不安を感じる(少し感じる、かなり感じる)」人が回答者の8割近くに上った。
こうした意識の背景にあるとみられるのが、電通の新入女性社員が過労自殺した問題だ。「職場環境の厳しい実情」は、会社員だけでなく消費者全体の心理に重い影を落としている。
最後に
過労や過労死は、企業や労働者個々の問題であると同時に日本社会全体の課題だ。不幸な社員を一人でも減らすために、そして国民すべてが安心して働ける環境をつくるためにも、強制力を持った国の取り組みや企業側の意識改革が求められる。
平成から令和へと時代が移る中で、今度こそ過労死や過労自殺に歯止めをかけられるかに注目が集まっている。
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