既存事業の改善と新規事業の実験を両立させることで、成功からの失速を防ぐ「両利きの経営」。イノベーションのジレンマに対する処方箋として提唱され、日本でもすでにいくつもの大企業が経営戦略として取り入れている。今回は提唱者のオライリー教授のインタビューと、両利きの経営を実践する企業の事例を過去記事から取り上げる。

イノベーションのジレンマを打開する「両利きの経営」

 両利きの経営とは「主力事業の絶え間ない改善(知の深化)」と「新規事業に向けた実験と行動(知の探索)」を両立させることの重要性を唱える経営論のこと。成功を収めた大企業が新興企業に敗れ低迷する「イノベーションのジレンマ」の処方箋として、近年注目を集めている理論だ。

 提唱者のチャールズ・オライリー教授によると、大企業は確実にもうかる事業をレベルアップさせるだけでなく、たとえ不確実でも成長の可能性がある実験的な事業に力を入れていくべきだという。この知の探索と知の深化の掛け算により、新しいサービスが次々と生み出される時代でも生き残っていくことができるという。

 この記事ではオライリー教授のインタビューをはじめ、両利きの経営を実践する経営者たちの事例について過去記事から紹介していく。

オライリー教授「変化の時代、両利きの経営を」

 オライリー教授は、「世の中の変化のスピードが速く」「技術、規制、そして消費者の嗜好の変化が加速している」現代において両利きの経営は必要不可欠だという。一方で成熟した大企業の「組織カルチャー」やそれを規定する「組織のアラインメント」は、新規事業を成功させるうえで大きな壁になるとも語っている。

 大企業が新規事業のための小規模な組織を作り、既存事業の行動様式に邪魔されずに成長する仕組みを作るには、トップによる戦略立案と全社への情報共有が欠かせないという。

カルビー・伊藤社長、新型コロナを変革の好機に

 1949年創業のカルビーは、最初期に手がけていた「あめ」に続いて「製粉」「かっぱえびせん」「スナック」「シリアル」など、時代を追うごとに新たな商品開発に取り組んできた。同社の伊藤秀二社長兼CEO(最高経営責任者)は「組織を強くするには、新しい事業に参入しないといけない」「新しい事業と旧来の事業を両方持って伸ばさなければいけない」と語る。

日本の競争力復活へ「減点主義もうやめよう」

 世界最大級のガラスメーカー、AGCも両利きの経営を掲げる企業の一つだ。同社では新しいイノベーションを生み出すための「模擬スタートアップ」を社内に置き、そこにMBA(経営学修士号)や博士号を取得した社員を配置している。

 一方、新しい収益の柱をつくることを目的とした「事業開拓室」の社員たちに対して、同社の平井良典社長執行役員CEOは「シリコンバレーのベンチャーキャピタリストになったつもりでやりなさい」と語りかけるとともに、彼らが既存事業の資産が活用できるよう橋渡しをしているという。

「水素供給網は我らの手で」川崎重工・橋本社長

 航空機や船舶、油圧機器などを手掛ける川崎重工業。液化水素の流通インフラづくりなど大規模な事業が強みだが、最近では「新型コロナウィルスのPCR検査を自動化するロボット」の開発にも取り組んでいる。同社としては異色ともいえる事業で、橋本康彦社長執行役員CEO自らが新事業の立ち上げに動くさまはまるでスタートアップ企業のようだ。

KDDI髙橋社長「持続的な成長はサブスクではなし得ない」

 通信大手のKDDI。金融、エネルギー、コマース、エンターテインメントと事業領域を広げているが、その根底にあるのも両利きの経営だ。

 髙橋誠社長は社内で「左側の現業の成長がなければ、右側のイノベーションを起こせない」と強調する。2021年4月に設置したイノベーションのための「事業創造本部」でも「いかに左側の事業アセットを活用しながら新しいものをつくっていくかのベクトルを明確にしたい」というメッセージを発信し続けているという。

アマゾンと日本の製造業には意外な共通点がある

 GAFAの一角を占めるアマゾン・ドット・コムも両利きの経営に取り組んでいる。

 グーグルやメタ(旧フェイスブック)など、他のIT企業と異なり「フルフィルメントセンター(配送センター)」というリアルな現場を運営しているアマゾン。膨大な人数のスタッフからなる組織を運営し改善するという緻密さが求められる一方で、IT企業らしい大胆なイノベーションに積極的に挑んでいるのもアマゾンの特徴だ。

最後に

 ビジネス環境が急速に変化する現代において、両利きの経営は、成功を収めてきた企業、長く生き続けてきた企業にこそ必要不可欠だ。すでにカルビーやAGCをはじめとする有名企業や老舗企業から、アマゾンのようなIT大手に至るまで両利きの経営を実践する企業は少なくない。両利きの経営の有無が企業間の明暗をどのように分けていくのか、これからも引き続き注目していきたい。

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