生物のゲノム(遺伝子)情報など生命が持つ様々な「情報」をコンピュータで解析する「バイオインフォマティクス(生命情報科学)」。生活や医療の課題解決に役立つ学問として注目されている。今回はバイオインフォマティクスに取り組む動きを過去記事から振り返ってみる。

生物の分子構造をITの力で解析する「バイオインフォマティクス」

 「バイオインフォマティクス(生命情報科学)」とは生物のゲノム(遺伝子)情報など生命が持つ様々な「情報」をコンピュータで解析する学問分野だ。生物学を意味する「バイオロジー」と情報学を意味する「インフォマティクス」が名前の由来だ。

 バイオインフォマティクスによって生体分子の構造や挙動を解析・数値化することで、生活分野や医療分野での課題解決に役立つ知見が得られると期待されている。とはいえ生物学の知識とIT、データサイエンスなどの素養が必要とされることから人材は不足しており、どのように研究者を確保するかが各国の課題となっている。

 この記事ではバイオインフォマティクスに携わる研究機関や企業などの動きを過去記事から紹介していく。

ベンチャー育成に本腰入れる慶応大に2つの動き

 慶応義塾大学傘下の慶應学術事業会(東京・千代田)と野村ホールディングスが出資して2015年に設立したベンチャーキャピタルが「慶應イノベーション・イニシアティブ(KII)」(東京・港)だ。KIIが投資対象とするのは、あらゆるモノがネットにつながるIoTやAI(人工知能)、そしてバイオインフォマティクスなどを中心としたライフサイエンスやエンジニアリングの分野だ。

電機の二の舞いにはなれない、旭化成や三菱ケミが動く

 国内化学最大手、三菱ケミカルホールディングス(現三菱ケミカルグループ)は、18年に三菱ケミカルや田辺三菱製薬、大陽日酸といった傘下のグループ会社や研究機関を結集した横断的な組織「マテリアルズ・インフォマティクスCoE」を発足させた。三菱ケミカルホールディングスに在籍する約100人のデータサイエンティスト(19年11月時点)の中には、バイオインフォマティクスを経験した製薬分野の研究者も多い。同社の狙いはIT(情報技術)を駆使しながら新材料を探索する「マテリアルズ・インフォマティクス(MI)」だ。

羊のゲップから地球を救え、ユニコーン企業が狙う素材革命

 山形県鶴岡市のスパイバーは、07年、関山和秀代表が慶応義塾大学大学院在学中に設立したバイオベンチャーだ。同社では慶応の先端生命科学研究所で学んだバイオインフォマティクスを駆使し、アミノ酸やDNAの配列、遺伝子の合成、微生物を設計している。サトウキビやコーンなどの糖を原料として、カシミヤ、ウールなどの動物繊維や石油由来の化学繊維を代替する性能を持ち、環境負荷が低い素材を開発している。

買えないなら作れ 現代の「錬金術」

 バイオインフォマティクスとつながりのある「マテリアルズ・インフォマティクス」の分野でも、さまざまな研究が行われている。マテリアルズ・インフォマティクスでは大量の実験データを人工知能などで解析して新素材の最適組成を設計する。16年6月には東京工業大学の元素戦略研究センターが「赤色発光する新たな窒化物半導体」を開発したと発表。LED(発光ダイオード)の低コスト化やディスプレーの色表現の拡大につながる新素材として注目が集まっている。

候補は8万通り、意外な組み合わせで「世界一」の新素材

 マテリアルズ・インフォマティクスでは航空機や発電プラント、電子機器など幅広い分野で利用できる高性能な「断熱材料」も開発されている。AIが提示した計8万通りの組み合わせの中から条件を絞り込み、安定性や毒性、コストなどを総合的に考慮して生み出された。MIの手法を持ち込まなければ、できなかった成果だ。

製造現場にデータサイエンティスト 複雑な現場を情報が変える

 バイオインフォマティクスやマテリアルズ・インフォマティクスに「データサイエンティスト」の存在は欠かせない。特に新薬の開発など「理論をそのまま適用しにくく、シミュレーションなどの計算が難しい複雑系」の分野ではデータサイエンスが生きるため、製造業の現場においてデータサイエンティストが果たす役割は大きい。例えば病変を拡大する特定のたんぱく質と結合して働きを阻害する薬について、それが効くかどうか、安全かどうかは、最終的には多数の投与例のデータから帰納的に説明するしかないからだ。

日本の「宝」どう守る、世界首位企業が挑む「ムーアの法則」の限界

 衰退したとされる日本の半導体産業。しかし半導体の製造装置や材料の分野では東京エレクトロンやJSRといった世界トップクラスの企業が存在している。特に素材となるフォトレジストで世界首位のJSRは、マテリアルズ・インフォマティクスを駆使した開発サイクルの速さや、合成技術、評価技術の高さが強みとなっている。

最後に

 世界中の研究機関や製造業界が注目するバイオインフォマティクス。関連技術のマテリアルズ・インフォマティクスとともに、国内でも活発な開発競争が続けられている。私たちの暮らしや健康を改善してくれる「夢の新素材」を生み出すためにも、各企業がその技術力を高めていく必要がありそうだ。

 さらに詳しい記事や、会員限定のコンテンツがすべて読める有料会員のお申し込みはこちら

まずは会員登録(無料)

有料会員限定記事を月3本まで閲覧できるなど、
有料会員の一部サービスを利用できます。

※こちらのページで日経ビジネス電子版の「有料会員」と「登録会員(無料)」の違いも紹介しています。

※有料登録手続きをしない限り、無料で一部サービスを利用し続けられます。

この記事はシリーズ「テーマ別まとめ記事」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。