日々のくらしを支える日用品を「無印良品(MUJI)」ブラントとして販売している良品計画。今や国内外に1000店舗以上を展開するグローバル企業だ。新型コロナウイルス感染拡大による逆風を受けたものの、それまでは業績を堅調に伸ばしてきた。2019年4月にオープンした「MUJI HOTEL GINZA」やフィンランドでの自動運転電気バスプロジェクト、地域創生など、同社の創業時の思いを基にして、新たな事業領域にも進出している。良品計画の戦略や事業の取り組みがどのような考えの下に進められているかを、過去の記事を振り返りながらまとめた。

良品計画の企業概要と沿革

 「無印良品(MUJI)」は1980年に西友ストアー(現、西友)のプライベートブランド(PB)として40品目でスタートした。89年に良品計画が設立され、90年に西友から「無印良品」の営業権を譲り受けている。91年には英国にロンドン店を出店し海外展開をスタートさせている。2000年には東証1部への上場を果たし、現在は日本を含め31の国・地域で1000店舗以上を展開している。

 無印良品は「わけあって、安い。」をキャッチコピーに、従来の商品の規格からは少し外れた商品開発からスタート。現在、アイテム数は7500点にまで拡大している。近年では小売業の枠を超えて、MUJI HOTEL GINZA、カフェ・ミール事業、キャンプ事業のほか、戸建て・リノベーション事業のMUJI HOUSEなども手掛け、事業領域を拡大している。一見、無関係にも見える事業領域へなぜ進出するのか。その背景にある無印良品の思想を探る。

MUJIはこうして生まれた

 無印良品の立ち上げにクリエーターとして尽力した小池一子氏。同氏によると、当時、セゾングループ創業者・堤清二氏は西友の商品担当者などに、自社ブランドの在り方について宿題を出していたと言う。

 そうした課題に応えた無印良品の初期の代表的な商品として、小池氏は「割れしいたけ」を挙げる。それまで、生産の現場で欠けたり、輸送中に割れたりしたしいたけは、十分においしいにもかかわらず、正規の流通ルートに乗らずにいた。丸いきれいな形のしいたけしかパッケージに入れてはいけないという業界の通念が、自主規制のようになっていたためだ。そうした業界通念に対するアンチテーゼを打ち出したのが割れしいたけだったという。通念に疑問を呈する思想が無印良品にはあり、割れしいたけは、それを具体化した商品だったというわけだ。

ブランド MUJIの原点

 「夜の新宿の街で飲みながらの論議が核になっている」。こう話すのは現在も良品計画のアドバイザリーボードのメンバーである小池一子氏。創業時から無印良品のクリエーターチームの主要人物であり、堤清二氏らと深く議論してきた。アートディレクターの田中一光氏とともに、無印良品誕生の立役者だった人物だ。

 堤氏や田中氏との雑談で話題になったのはロゴマークの価値が一人歩きすることへの違和感。また、日本本来の質素な美意識を大切にしたいという思いも共有した。そんな中、無印良品のブランド名を決める際、「PBの名称は、世の中に氾濫しているカタカナ英語は使わない」という思いで一致していたと言う。その流れで、チームから出た案が「無印良品」。ノーブランドだけど品質は良い。飾りのない日本語だ。堤氏は即日、決裁した。「決まった瞬間、鳥肌が立った」と小池氏は振り返る。

「絶対的な価値」を 極めること

 「私が一貫して目指してきたのは当社にしかない『絶対的な価値』を 極めることです」と良品計画の金井政明会長。今は会社が大きいことが有利には働かないし、日本の人口が急速に縮んでいく以上、2050年には国内企業の半分はなくなると言う。企業の規模やどれだけ効率的に経営できるかといった「相対的な価値」では生き残れないと言うのだ。

無印良品の「デザイン思考」はここを観察する

 「人をダメにするソファ」と呼ばれる無印良品のヒット商品がある。正式な商品名は「体にフィットするソファ」。約0.5ミリの極小サイズのビーズを詰め込んであり、座る人の体を包み込むように形が変化するソファだ。「一度座ったら、立ち上がりたくなくなる」「気持ちよすぎて動きたくない」。そう感じるのもうなずける独特の感触で、座った人を離さなくなる。

 国や地域によって、人々の生活の文化には違いがある。しかし、生活習慣や文化という、人間がつくり出したものの前にある、人間が生物として「快適だ」「心地よい」「不快だ」と感じる生理的な快・不快は、世界中どこでもだいたい共通する。日本人が快適だと感じる要素は、文化の違う外国人にとっても快適なのだ。

海外展開を加速させる

 流通・小売業界には苦戦している企業が多くある中、良品計画がこれまで比較的堅調に業績を伸ばしてきた要因はどこにあるのか。

 良品計画の松崎暁社長は「海外事業が強いことが当社の特徴です。無印良品は今、海外で認知度がかなり高く、どこの国に出店しても、『MUJI』の潜在的な顧客がいるという状況です」と語る。年間100店くらいは海外でつくれるとするが、運営の能力の問題もあり、約60~70の巡航速度で出店していると言う。「そのうち半分が中国です。残りは基本的に東アジア、西南アジアを中心に出店します。さらに新たな中期計画では、北米にドライブをかけます」と語った。

 これほどまでに海外の消費者から支持されているはなぜか。「品質、デザイン、機能性だと思います。生活の基本となるものを扱っていて、そこに価格の合理性もある。どの国でも起きて食べて寝てという行動は変わらないので、基本的な品ぞろえは、全世界ですべて同じです」。

銀座に開業、MUJIがホテルをつくる狙い

 並木通り沿いの10階建てビルにあるMUJI HOTEL GINZA。ビルの6~10階がホテルとなり、地下1階~地上5階には世界最大の旗艦店(2019年4月時点)「無印良品銀座」が入った。ホテルは全79室で、料金は1泊1万4900~5万5900円。ベッドのマットレスや家具、シャンプー、お茶など、室内のほとんどを無印良品の商品でそろえ、同ブランドのコンセプトを再現した。

 「創業当初から、無印はホテルをやるべきだ、という話はあった」。開店前の内覧会で記者会見した良品計画の松崎暁社長はこう述べた。生活雑貨を作り、レトルト食品や住宅などに事業を広げ、「旅が生活の一部になった」(松崎社長)今、良品計画がホテルに進出することは自然というわけだ。

「地球にやさしく」なんて傲慢だ

 「違和感」にこだわり続けるという良品計画の金井政明会長は語る。「例えば、『地球にやさしくしよう』なんていうコピーもおかしいですよね。『自然にやさしくしよう』なんて、バカ言っているんじゃねえやと。傲慢だと思うんですよ。僕たちなんかただの動物で、自然の中の一部でしょう。それが、『地球にやさしくしよう』っておかしい。僕たちならこうです。『自然にやさしくされましょう』」。

 世界の動き、社会の動きにある「違和感」にこだわる。そんな中、小売りの枠を超えて、MUJI HOTELや電気自動車のプロジェクト、地方創生などの活動など、事業の幅を広げているのは、ある意味当然の流れなのかもしれない。「堤清二さんも(創業メンバーでアートディレクターの)田中一光さんもお墓の中にいるので、僕たちは彼らがやろうとした消費社会へのアンチテーゼ以前の、もっと根っこを探る必要があると考えてきました」。

 彼らが今、いないが故に、思想の根っこの部分をもっと探り当てようとしているという。「消費社会へのアンチテーゼ」というのは、当時出てきた1つの現象であって、本当はそれだけではないだろうと、彼らの若い頃の作品や言動などから探るというのだ。「そうやって解釈を増幅させていったとき、結局、人間の振る舞いそのものを僕たちは考える。それがある意味、仕事になってきているという感じがします」。

最後に

 ここまで、良品計画がどのような会社なのか、過去の記事を振り返りながら紹介してきた。無印良品が生まれた原点である「消費社会へのアンチテーゼ」をさらに突き詰めて行くことで新たな事業領域をつくり出し、独自の発展を目指しているようだ。

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