北アイルランドで英国のEU離脱(Brexit、ブレグジット)の影響を最も受ける産業は、食品関連だ。同地の食品産業は英本土やアイルランドと密接なサプライチェーンを構築しているからである。北アイルランド最大の食品飲料団体である北アイルランド・フード&ドリンク協会(NIFDA)のマイケル・ベル代表に、ブレグジットの影響を聞いた。
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多くの北アイルランドの関係者が指摘しているように、英国のEU離脱(Brexit、ブレグジット)の影響を最も受ける産業は食品関連だ。北アイルランド各地を歩くと広大な農地が広がり、農業が盛んであることが分かる。北アイルランド最大の食品飲料団体である北アイルランド・フード&ドリンク協会(NIFDA)を訪れた。
NIFDAの事務所は、かつてのベルファストの紛争地帯にあり、すぐそばにはカトリック系住民とプロテスタント系住民の居住地を分けるピースウォールがある。この事務所でマイケル・ベル代表は重ねた書類を用いながら、北アイルランドの食品関連産業とブレグジットの影響を語った。
北アイルランド・フード&ドリンク協会のマイケル・ベル代表
北アイルランドの食品・飲料ビジネスの状況を教えて下さい。
北アイルランドは食品関連産業が主力産業です。産業全体で10万人の雇用がありますが、その4分の1が食品関連に当たります。我々の協会は100社以上が加盟し、1万2000人を雇用し、パンやチキン、チーズ、野菜など様々な食品を取り扱っています。英本土から英テスコや英セインズベリーなど大きなスーパーマーケットが北アイルランドに進出してきて、我々は多くの経験を積みました。
ブレグジットはどのような影響がありますか。
まず、お伝えしたいのは、我々の協会は100%ブレグジットに反対していることです。賛成している人は誰一人いません。だから16年の国民投票ではEU残留の支持を求める運動をしました。他の組織では賛成する人がいるかもしれないので難しいかもしれません。しかし私たちには、ブレグジットの便益は1つもありません。
どのような理由からブレグジットに反対していますか。
我々の農産品の多くが国境をまたいで作られています。ミルクの場合は、北アイルランドの原乳の3分の1を南のアイルランドに運んで、加工処理しています。毎日50台のタンカーによって原乳をアイルランドに運んでいるのです。
一方で、豚の加工処理場は北アイルランドにあるので、アイルランドの豚は北に運ばれます。北アイルランドでは英国とEUの間で密接な絡み合う関係の上で、食品を作ってきました。英国内でもスコットランドはウイスキー、北アイルランドはチーズ、イングランド中部は野菜、イングランド南部は小麦とそれぞれの地域ごとに特徴があります。
平均利益率が4%の食品業界に20%の関税
北アイルランドの国境を越える物品のうち55%が食品関連です。これは輸出入のバランスが取れています。およそ8億点がアイルランドの北に向かい、約8億点が南に向かう。だいたい50億ポンド(約7000億円)がそれぞれの方向に運ばれ、バランスしています。アイルランドにとって、英国は最大の顧客です。
ブレグジットがこの均衡を破壊しようとしています。我々のメンバーには何の利点もありません。別の場所に輸出すればいいと言うかもしれませんが、輸出の8割は英本土向けです。我々の電気や水は国境を越えてつながっており、1998年の和平の後に多くのモノを共有してきたのです。
北アイルランドとアイルランドの国境では、ひっきりなしにクルマが往来する (写真:永川智子)
具体的にはどのような事態を懸念しているのでしょうか。
残念なことにブレグジットは国境で、2つの基準を適用しようとしています。それぞれで違ったサポートシステムを適用しようとしている。多くの理由で懸念があります。
1つ目は関税です。北アイルランドの食品や飲料関連企業の平均的な利益率は4%です。合意なき離脱になれば、4%の利益率に対して、20%の関税がかかる可能性があります。クルマのような利益率の高い産業と違い、食品関連企業は利益率が非常に低いため、高い関税は受け入れられません。
2つ目は鮮度の問題です。我々は、地元産ならではの鮮度で、高品質の食品を提供してきました。産地からおおよそ6日間で店頭に並びます。合意なき離脱でなくても、もし多くの書類チェックが必要になれば、6日間で届けるのは無理でしょう。
例えば家畜類の輸出入に関する輸出健康証明書と呼ばれる文書があります。EUの法律の下で獣医が署名し、食品の安全性を立証します。これらの書類をチェックするためには、多くの人員が必要です。英国がEUから離脱するとチェック作業が増えますが、チェック体制を急に整えられるのでしょうか。
ジャガイモの皮はむかなければならない
ブレグジットで英国は、EUから見て第三国になります。どのような規制対応が求められるのでしょうか。
様々な規制対応が求められます。EUの規制では、原料をミックスした肉は冷凍して輸送しなければならず、冷蔵はいけません。ジャガイモは皮が残ったまま北アイルランドからアイルランドに送ってはいけません。EUの規制では皮をむかないといけないからです。また、食品などを搭載するパレットも加熱処理しなければなりません。ウイルスを死滅させるという目的からです。
このような複雑さは許容できません。ですから我々は北アイルランドに関して、EUと同じ基準を適用してほしいと要望しています。
北アイルランドから英本土など南東に輸送する場合は、アイルランドのダブリン港を使うのが最適です。その場合にどこでどのようなチェックを受けるかはクリアになっていません。我々がダブリン港を使えないと、英本土に農産物を運ぶ際の大きな障害になります。
また、スペイン産のトマトは直接、英本土のドーバー港に輸入されます。その後、アイルランドに輸送されます。アイルランドに輸入される8割の生鮮食品は英本土経由で入るため、これはEUから英本土、EUという流れになります。これを逐一チェックすることになれば、とてつもなく複雑なルールになります。今の離脱案では決まっていないことがあまりに多いのです。
これまで支持した離脱案はありますか。
メイ前首相の2つ目の離脱案は非常によかったので、我々は公式にその離脱案を支持していました。
もともと我々はEUの規制を支持しています。EUの食品に関する基準は世界で最も厳しく、それはベストだと思っています。我々は安い食品を作りません。スケールメリットを出すには小さ過ぎますが、非常に高品質な食品を作ることができるのです。ですから我々は高い基準を歓迎し、それを独自のセールスポイントにしています。とても品質の高い牛肉やチーズ、環境に配慮した食品を作っています。
英国には戦略やクリアな方針がありませんが、欧州の方針はとてもクリアです。欧州は食品の安全保障や品質を公共の利益と位置付けています。空気や水の品質、バターは公共財です。公共にとって大事なので、政府は投資するのです。英政府は、食品を公共財と位置付けていません。これは、とても間違っていると思います。
こうした違いは、ブレグジットの議論によってもたらされました。独バイエル傘下の米モンサントの除草剤「ラウンドアップ」の議論を知っていますか。米国ではガンを引き起こしたとして大きな訴訟になっています。EUはラウンドアップに強い懸念を抱いており、EU加盟国で使用を規制する動きが始まりました。しかし英国では規制されそうな気配は今のところありません。
タバコなどの密輸が増える懸念も
離脱案によっては、犯罪が増えるという見方もあります。
アイルランド和平が成立後の20年間、我々は犯罪が起きないように努力してきました。今はブレグジットによって犯罪が増えることをとても心配しています。もし犯罪が起きてしまえば、国境の両サイドにとってダメージになるからです。
離脱案によっては例えば、タバコなどの密輸が増える可能性があります。例えば、こんなことがありました。2015年にEUでミルクの生産調整が廃止されました。ただ、英国の調整廃止のタイミングがずれたため、不法業者がミルクを密輸するという問題がありました。彼らはお金のことしか考えていません。
我々はアイルランド和平の後の世代で、新しい経済システムを作り上げてきました。ブレグジットの後に、新しいシステムを作り上げるのには長い時間がかかります。我々はもう引退しているでしょうから、とても心配です。
英国の政治家は北アイルランドの現状を理解しているのでしょうか。
政治家は理解しているところもあれば、理解していない部分もあります。政治家から「合意なき離脱でもいい」というナンセンスの声が出なくなりました。合意なき離脱では多くの失業者が出る可能性があり、考えただけでゾッとします。どんな離脱案でも、合意なき離脱よりはマシという、我々の説明をようやく理解してくれるようになりました。
しかし、ジョンソン首相の離脱案には様々な問題点があり、北アイルランドの現状を理解しているとは思えません。何度も言いますが、ブレグジットで最も影響を受けるのは食品と飲料の業界で、北アイルランドとアイルランドの国境なのです。
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NIFDAのマイケル・ベル代表は、穏やかな口調で諭すようにブレグジットに対する強い危機意識を語った。北アイルランド最大の産業である食品関連産業の減速は、地域経済に大きな影響をもたらす。次回は北アイルランドの食品向けラベル製造会社「ニュープリント」CEOのインタビューをお届けしたい。続く。
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