英国のEU離脱(Brexit、ブレグジット)の迷走が止まらない。EUは28日、10月末だった離脱期限を最長で2020年1月31まで延長することで合意した。

 政治家たちが声を張り上げ、論戦を繰り広げるが、一向に打開策が見つからない。そうした状況下で、英国人たちは今、何を思うのか。ジョンソンがEUと合意した離脱案が英議会で採決を拒否された翌日の20日。日経ビジネスはロンドンの郊外に住む6人の英国人に集まってもらい、緊急のブレグジット座談会を開き、本音に迫った。

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 穏やかな時間が流れる日曜日の昼下がり。ロンドン郊外の自然豊かな村の住宅に、近隣に住む英国人たちがクルマで続々と集まってきた。幼い子供やティーネイジャーの子供、飼い犬などを連れて、皆が思い思いのスタイルで部屋に入って来る。仲の良いご近所同士で近況を語り合う。

 1時間ほどしてほぼ全員が揃った。メンバーは6人。年齢が高い順に紹介すると、以下になる。男性は3人で、クリス(48歳)は医療系企業の人事、ジョニー(41歳)は不動産専門のカメラマン、ポール(36歳)は酪農で生計を立てる。女性は3人で、レイチェル(53歳)は看護士として病院で、ナタリー(匿名、49歳)はグローバル企業で、アナ(41歳)は人材会社で働く。平均的な英国人という定義は難しいが、少なくても富裕層や貧困層ではない英国人たちだ。

 年長のレイチェルが筆者に尋ねてくる。「私たちみたいな目立たない人たちの意見を聞いてどうするの?」。これが今回の座談会の核心部分である。英国の人口は約6600万人。メディアに積極的に登場し意見を言う人たちは必ずしもマジョリティーではなく、むしろ普段は声を上げない人たちの方がマジョリティーだ。そうした英国人が今、どのように考えているのか。それを知ることはブレグジットに対する理解を深めることになるはずだ。レイチェルにもそのように答え、納得してもらってから議論を始めた。

 英国のEU離脱を問う国民投票が行われた2016年6月当時はみな話し合うことがなかったが、最近は集まると自然とブレグジットの話題となる。できるだけ普段と同じような雰囲気で話し合ってもらうことを心がけた。なお、会話の雰囲気を出すため英国人はイギリス人と表記するなど、実際の呼び方に近い表現にしている。

日曜日の午後、普段からブレグジットについて語っているご近所さんに集まってもらった (写真:永川智子)
日曜日の午後、普段からブレグジットについて語っているご近所さんに集まってもらった (写真:永川智子)
 

 口火を切ったのは、瓶ビールを飲んでいたジョニーだ。

ジョニー:「ブレグジットを決めてから、イギリス経済にいいことは何もないよね。僕は普段、多くのヨーロッパ出身のカメラマンと一緒に働いていて、3分の1はヨーロッパ人(以後、ヨーロッパ人に英国人を含まない)たち。彼らは優秀で、しっかりした仕事をしてくれる。国民投票以降、彼らが徐々にイギリスを離れ、すでにビジネスに影響が出ている」

 机の前に行儀よく座ったアナも、欧州出身者の流出に問題意識を持つ。

アナ:「確かに人手は不足している。特にスキルを持つイギリス人が少ない。以前はそれをヨーロッパの人たちが補ってきたが、その流れがなくなっている。例えば、イギリスには航空宇宙の研究施設があるが、もともとヨーロッパ出身者が多かった。最近はヘッドハントしてもきてくれない。イギリスは優秀な人たちに選ばれなくなりつつある」

 ソファの端に座ったクリスは、特に中小企業での人材不足を懸念する。

クリス:「医療系企業の人事で、イギリスを担当しているけど、このビジネスに必要な医療関連の専門家はすでに世界中で不足している状態なんだ。特に離脱が決まって以来、誰もイギリスには来たがらなくなって、ただでさえ大変だったのが、大切なパイプラインが細くなる状態になってしまった。どんな離脱の形になってしまっても、イギリスは医療系専門家が簡単にビザが取れるようにしなければいけないはずだ」

アナ:「ヨーロッパからヘッドハントをする時に、家族はどうなるんだ?自分の仕事はあるけど、妻に働く権利はあるのか?子供達は公立の学校に入れるのか?医療費は?保険は?って聞かれるでしょう。今の状態では答えられない。相手にしたら、『じゃあやめとくよ』ってことになるのよ」 

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