英国のEU離脱(Brexit、ブレグジット)の混迷が深まっている。英国のボリス・ジョンソン首相は17日、EUと離脱案について合意した。22日には合意案を原則として支持するかを英議会に諮り、英下院では可決にこぎつけたが、24日までに関連法案を審議する議事進行動議については否決された。
つまり、ジョンソン首相の離脱案は大枠では支持されたものの、詳細を審議する時間が足りないとして、10月末までの合意は難しくなった。それでもジョンソン首相は「10月末までに離脱する」と強気の姿勢を崩していない。
英議会は細かい手続きで局面が大きく変わる。ただ、問題が複雑になり日々のニュースを追うだけでは迷走の根源や、日本視点での学びは見えにくい。この連載では現場を訪れ、当事者やそれに近い人に会い、直接疑問をぶつけることで、改めて英国の構造的な問題について探っていきたい。
特に2016年6月のブレグジットに関する国民投票から3年超で、人々の考えや感情がどのように変わったかに重点を置いた。その変化は、英国の構造問題を理解することに役立つと考えている。
国民や議会に選ばれた大統領や首相などのリーダーは、その国の国民性を映す。ブレグジットに関する連載を始めるに当たって、英国民の象徴として、首相であるボリス・ジョンソンの動向を追った。
ジョンソンは首相就任前から、ブレグジットについて強気の発言を繰り返している。7月の保守党の党首選の時から「合意なき離脱を恐れない」と連呼。首相就任後には、「ブレグジットを遅らせるなら溝でのたれ死んだほうがまし」と言い放った。
様々な奇策を繰り出すため複雑な戦略をとっているように見えるが、基本戦略は明確である。それは、とにかくブレグジットを実現すること。その際に、国民の信任が落ちている議会を敵に回すことをいとわないというものだ。
8月には首相の権限で、ブレグジット交渉の佳境の時期に議会を閉会しようとした。これは、英最高裁判所が違法との判決を下し、議会は9月に開催されたが、ジョンソンは意に介する様子はない。
10月17日には議会で賛成多数を見込めないなか、急転直下でEUと離脱案で合意。「偉大な離脱案で合意した」と高らかに宣言した。だが、19日の議会では離脱案の採決を阻まれた。法律にのっとってEUに離脱延期を申請したものの、署名はせずに議会に反抗心をむき出しにした。21日には再度、離脱案を提案したが、英下院議長の反対にあい、採決に至らなかった。
さらに、22日には合意案を原則として支持するかを英議会に諮り、英下院では可決されたものの、24日までに関連法案を審議する議事進行動議については否決され、10月末までの合意は難しくなった。それでもジョンソンは「10月末までに離脱する」と力強く訴えている。
なぜ、ジョンソンはここまで批判や抵抗があるにもかかわらず、強気なのか。それは強硬離脱が正しいという考えもあるかもしれないが、議会と対立すればするほど、国民の支持が高まると考えているからだ。そして、ジョンソンは国民の人気が高く、選挙で勝てるという自負がある。
実際、世論調査ではジョンソン率いる保守党が、最大野党の労働党を支持率で大きくリード。ジョンソンは総選挙を繰り返し提案しているが、労働党は総選挙ではなく、国民投票の再実施を求めている。元首相のトニー・ブレアはジョンソン人気を警戒し、労働党に「ジョンソンの挑発に乗らないように」と繰り返し忠告するほどだ。
今の英国政治を理解する上で鍵となるジョンソンの人気を確かめるために、私は9月29日から英マンチェスターで開催された保守党の党大会に行った。マンチェスターは産業革命、発祥の地であり、世界で広大な地域を植民地支配するに当たって、力の源になった場所でもある。保守党支持層の琴線に触れるには最適の地なのかもしれない。

10月2日のジョンソンの演説の前には、会場の外まで1時間以上前から長蛇の列ができていた。保守党員で講演会場が満席になったため、メディアも入場規制に。それに怒ったメディアが広報担当に詰め寄りようやく会場に入れたものの、隅の場所での立ち見だった。
何かのショーが始まるかのような熱気が充満したところでジョンソンが音楽に合わせて入場する。前年、当時の首相テリーザ・メイはアバのヒット曲「ダンシング・クイーン」に合わせて踊ったため、ジョンソンにも何かやってくれるとの期待が高まるが、普通に歩いて入ってくる。
しかし、お笑い芸人のように何かをやってくるのがジョンソンの真骨頂だ。軽快な音楽が鳴り響く中、閣僚と1人ひとりと握手する際に、女性閣僚の1人と頬でキスを交わす向きが重なってしまい、正面からぶつかり口づけをするような形になったのが大スクリーンに映し出され、会場の笑いを誘う。
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