伊東せりかは主人公の南波六太(ムッタ)と同期の宇宙飛行士
アクセルとブレーキを同時に踏んだらどうなるか?
日本人の生まれ持った気質を大きく2つに分けると、「拡散性」と「保全性」に分けられます。これは、この連載でご紹介してきたFFS理論(開発者:小林 惠智博士、詳しくはこちら)によるものです。
簡単に復習すると、「拡散性」の高い人は、「やりたい気持ち」によって反射的に動きだす人。失敗もいとわずすぐにやる人です。一方、「保全性」の高い人は、やりたいことがあっても、「確実にやりたい」という意識が強いので、慎重に動きます。リスクを恐れて動かないこともあります。
FFS理論では、この先天的な因子に、生まれ育った環境に影響される因子(=後天的な因子「凝縮性」「受容性」「弁別性」)を加え、全部で5つの因子の組み合わせで個性を診断します。
日本人の個性として最も多いのが、「受容性」と「保全性」の高い人で55%、次に「受容性」と「拡散性」の高い人が25%です。このことからもわかるように、先天的な因子と後天的な因子を組み合わせたパターンが多く出現しています。
ところが、中には「拡散性」と「保全性」の両方とも高い人がいます。つまり、対照的な2つの気質が同居している状態です。このように、「拡散性」と「保全性」を第一・第二因子に持ち、それらの数値が同数または拮抗(数値でプラスマイナス1以内の差)している人は、日本人の10人に1人です。
そのような個性の人は、「やりたい気持ちはある」、でも「不安だから踏み出せない」。自動車に例えると、アクセルとブレーキを同時に踏んでいる状態です。
拡散性と保全性を比べたときに、「保全性」が差をつけて高い人であれば、リスクを感じたら早々に諦めてしまうかもしれません。
けれども、「保全性」と「拡散性」の因子が拮抗している場合は、やりたい気持ちと不安な気持ちが、同時に込み上げてくる。だから、厄介なんです。
しっかりと準備してから、一旦は飛び越えてみる。でも、飛び越えた途端、不安になる。だから、安全な場所まで戻る。すると、また飛び越えたくなる。
こういう個性の人に聞くと、「逡巡していることを自分でも理解しているけれど、どうしようもない」と言います。
自分の行動を制御するもう一人の自分がいる感覚です。「自分の敵は敵」という気持ちになり、さらに憂鬱になるのです。
今回は、「保全性・拡散性」の高い人が直面する問題と、どうすれば自分のやりたいことを実現できるのかを考えてみたいと思います。
周りの雑音が気になり始めると……
『宇宙兄弟』の登場人物でいえば、伊東せりかがまさに、「保全性・拡散性」が高いタイプです。彼女は、主人公の南波六太(ムッタ)と同期の宇宙飛行士です。
せりかは14歳のときに父親を、ALS(筋萎縮性側索硬化症)という病気で亡くしました。父の命を奪ったALSをこの世からなくすことが自分の使命と考え、医者でありながら宇宙飛行士に転身。ISS(国際宇宙ステーション)のミッションクルーに任命され、無重力環境で念願だったALSの薬の研究に取り組んでいました。
そんなとき、悪意あるネットの書き込みがせりかを襲います。せりかに協力を断られた製薬会社の人間が彼女を恨み、陥れようとしたのです。
このときのせりかの描写には、「保全性」の一面がよく表れています。
ネットの書き込みはISSにも届いていて、せりかはこの「雑音」を気にし始めます。ネットの心ない言葉が、彼女の心に重くのしかかるのです。
周囲からどう思われているのかが気になるのは、「保全性」の特徴です。また、周りの動向も気になります。できるだけ周りと合わせて、目立たずにいたいのです。
その理由を、よくいわれる「農耕系」のメタファーで説明しましょう。
「保全性」は、農耕系か狩猟系かで言えば、「農耕系」です。農耕型組織では、皆で協力し合わなければ生きていけず、「村八分」にされることが一番の恐怖です。
もちろん、意見が違うなら、相手を説得すればいい、という考え方もあります。しかし、自分の考え方を理解してもらうためには、相手への説得が必要です。それにはかなりのエネルギーが要る。
「保全性」の高い人は、そうしたエネルギーをできるだけ使わず、なんとかその場をしのごうとします。「そのためには、自分が動かずに物事が収まるのが一番いい」。周りと同化することで、安心や安全を手に入れられれば、それがベストだ、そんな考え方に傾きがちなのです。
ネットでの悪評に過敏に反応したのが、JAXAの所轄官庁である文部科学省でした。世間の声を気にする彼らは、せりかの実験中止をJAXAに申し入れます。
JAXAはせりかを信じ、かばおうとしますが、文科省の意向に反すれば、宇宙飛行士としての彼女の将来が危うくなるかもしれないという懸念も生まれます。そしてついに、彼女に実験中止の指示を下すのです。
実験中止を告げられたせりかは、思わず声を荒らげてしまいます。
「この大事な実験をやめろって言うんですか!?」
急な変更や先の見えない不安で、ストレスを感じたのです。先の見通しが悪い状況で前に進むことを躊躇するのは、「保全性」の特徴です。
せりかは「拡散性」も高いですから、やりたい気持ちも強いのです。
夢だったISS搭乗を果たし、ALSの薬のための研究ができる環境にいる。せっかくの機会だから、実験を止めたくない。
でも、「保全性」が顔を出すと、指示に背いて実験を続けるのも不安なのです。
自分の志を貫いて進むべきか、それとも諦めるべきか――。
どうしたらいいのか気持ちが揺れ動いているとき、せりかの歯が欠けてしまいました。どこにもぶつけられない怒りで歯を食いしばったのでしょう。
情動が判断基準となる人は「無邪気」に見える
「保全性」と「拡散性」を第一・第二因子に持つ人の特徴を、もう1つ挙げておきます。
それは、子供のまま大人になったような無邪気さがあるということです。
せりかは、医師として高い専門性を身に付けながら、スポーツ万能な女性です。これだけ聞くと、しっかり者に思えます。
しかし、大食漢の食いしん坊で、喜怒哀楽の感情が素直に出てしまうところなどは、20代の女性とは思えない純粋さを醸し出しています。
「拡散性」と「保全性」は、どちらも情動の因子です。
これらの因子の特徴として、物事に対して理性で判断するよりも、「快/不快」「好き/嫌い」「興味ある/なし」で反応する傾向があります。例えば「なんか好き」なのであって、「なぜ好きなのか」と特に理由があるわけではありません。それが子供のような無邪気さを感じさせるのです。
また、社会通念に侵されていないので、発想がとてもピュアです。「拡散性」と「保全性」が高い人にクリエイターやデザイナー、職人や匠など芸術的な道に進む人が多いのも、それが理由です。
一方、ストレスを感じて個性がネガティブに発揮されると、衝動的で追随的になります。子供が駄々をこねているようなイメージに近いでしょう。
先の見えない不安から脱するには
窮地に追い込まれたせりかは、あるきっかけで、身動きできない状態から脱することができました。
彼女に前進する力を与えたのは、周囲の励ましでした。
この連載の1回目で、なかなか宇宙飛行士への一歩が踏み出せないムッタの話をしたことを覚えていますか? 彼の背中を押したのも、弟の南波日々人(ヒビト)や第二の母といえる存在のシャロンなど、信頼できる身近な人たちでした。
ムッタもせりかも、「保全性」が高いという点では共通しています。慎重過ぎて足踏みしがちな「保全性」の高い人にとって、周囲の励ましが一番の力になるのです。
せりかがネットの誹謗中傷にさらされているとき、ムッタは別のミッションで月に滞在していました。せりかを元気づけるために、「週刊六太」というネット動画番組で「月面でのうどん作り」を配信します。
2人が宇宙飛行士になる前、JAXAで過酷な閉鎖環境試験を受けているとき、仲間と一緒に作って食べたのが「うどん」でした。うどんは、2人にとって仲間との絆を思い出させるものだったのです。
ムッタはせりかに、こんな応援メッセージを送ります。
「せりかさんのことを知らない人たちが好き勝手にいろいろ言ってるけど、言うだけだったら誰でもできる。だけど、せりかさんの代わりは誰にもできない」
ムッタの励ましを受け、せりかは自分がISSにいる理由を思い出し、ALS実験を続ける決意をします。
先の不安を考えてもしょうがない。チャンスが今ここにあるなら、そのチャンスにかけるしかない――。そうやって自分を奮い立たせたのでした。
ブレーキをはずし、アクセル全開でALS実験に向かうせりか。
彼女を支えたもう一人の人物が、せりかの一番近くにいた宇宙飛行士の北村絵名(えな)です。彼女も、ムッタやせりかと共に試験を受け、訓練に励んできた同期の仲間です。せりかと同じミッションでISSに搭乗していました。
せりかの汚名をそそぐために、絵名も自分なりに動こうとしていました。彼女の個性をFFS診断したなら、恐らく「受容性」「保全性」「拡散性」の順で高いと推測されます。「受容性」は、周りの人を受け入れ、元気にしていこうとする個性です。「受容性」の高い絵名は、何とかしてせりかを助けたいと思ったのです。
しかし、JAXAから「君の将来のためにも、この件には首を突っ込むな」とクギをさされ、絵名もどうすることもできなくなっていました。彼女の「保全性」の高さがブレーキをかけていたのです。
ブレーキの存在が、アクセルを踏ませる
やがて、せりかが腹を括ったのを見て、絵名も仲間を支えようと動きます。
JAXAの指示に背いて実験を続行するせりかを手助けすれば、絵名の立場も危うくなるかもしれません。それでも絵名は、せりかと一緒に実験を成功させたい、と積極的に関与するのです。
せりかは、自分のゴタゴタに絵名を巻き込みたくはありませんでした。でも、絵名はせりかを安心させるように、笑顔を見せてこう言います。
「一緒に訓練して、一緒にごはん食べて、一緒にロケット乗ってここまで来たんだから、一緒に実験して一緒に帰ろ」
この絵名の言葉に、せりかはどれだけ勇気づけられたことでしょう。
せりかの「拡散性」が発揮されたことで、絵名の「保全性」もポジティブな方向へ発揮されることになりました。慎重で一歩がなかなか踏み出せない半面、工夫しながらコツコツと成果を積み上げようとするのが「保全性」の強みです。「保全性」の高い絵名は、せりかがALS実験をやり遂げるうえで最強のパートナーとなったのです。
「拡散性」と「保全性」は、対照的であるが故に、互いの強みを発揮すれば、補完し合える関係になれます。拡散性と保全性の補完関係については、いずれ連載の中で詳しく取り上げる予定です。
噛み合い始めれば、怖いものはない
「拡散性」と「保全性」が第一因子と第二因子であり、その数値が同数か拮抗している人は、「今はアクセルだ(もしくはブレーキだ)」というように、どちらかに決めるのがいいでしょう。逡巡しないためも、どちらかに集中してください。その際、「アクセルでいく」と決めたならブレーキ、「ブレーキでいく」と決めたならアクセルというふうに、もう片方の役割を担ってくれる人の存在があると、チームワークがうまく機能します。
この場合の「ブレーキ」とは、「止まる」という意味ではなく、「確実に物事を進めていく」という保全性の特徴を指すと考えてください。
つまり、せりかにとって絵名のような存在です。
身近にアクセル役の人がいるなら、自分はブレーキ役に回りましょう。チームは相互関係のダイナミズムで動くため、「拡散性」と「保全性」が拮抗している人は、身近な人が持ち合わせていない側の強みを発揮しやすくなります。
あるときはアクセルになり、あるときはブレーキになる。両方の役割を体験していくと、いろいろな場面での経験値が高まり、器用貧乏になってしまうこともあります(私の知り合いにもそういう人がいます)。
一方で見方を変えれば、どんな状況でも活躍できる「最高の中継ぎ投手」になることができるのです。
まずは自己理解を深めることで、自分の個性のどの部分を伸ばすとよいのかが把握できます。また、誰と組めば良好なチームワークを築けるかも見えてきます。
アクセルとブレーキが噛み合って、周囲の無理解を乗り越え、夢を実現した。そのとき、あふれてくるのは何でしょうか。
© Chuya Koyama/Kodansha(構成:前田 はるみ)
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