今回は、「凝縮性」の高い上司が物事を考えるパターンを分析し、どういう流れから、他人に「高圧的」と受け取られるような行動に出てしまいがちなのか、その胸の内を代弁してみます。

 「凝縮性」の高い上司側の論理は、「責任の所在は自分にある」です。
 部下が仕事を成し遂げられなかったのは、部下を任命した自分の責任だと考え、その責任を取ろうとします。

 また、「部下は守るべき存在」と思っている上司も多いはずです。

 高圧的だと感じている部下には、まったく理解されていないかもしれませんが、「本人に失敗を経験させたくない」「マイナスの評価を避けてあげたい」という親心もあるのです。

 これらをひっくるめて、「最終的に自分が責任を取る」と覚悟を決めているのが、「凝縮性」の高い上司です。したがって、結果を出せなかった部下から「仕事を引き取り」、「別の部下に任せる」のは当然の対応なのです。それがその人の責任の取り方であり、周囲への配慮だからです。

 このとき、「部下から事情を聴いて、状況に応じてサポートする」といった調整的な対応はしません。納期遅れや失敗などの結果が出た時点で、すぐに判断を下します。「結果が出なければやめる」と決めているのです。決断の冷厳さも「凝縮性」の特徴の1つです。

 しかし、この上司の親心、言い換えれば「凝縮性なりの優しさ」は、部下にはなかなか理解されません。両者にとってつらいところです。

 さらに、日本の場合、「受容性」の高い人が多いことも問題を大きくします。「受容性」の特徴は、「受け容れる」ことです。仕事で困っている人がいれば手を差し伸べ、何とか助けになりたいと思う。

 そういう特性を持つ部下からすれば、仕事を取り上げられることは「非情」以外の何物でもありません。そのような対応をする上司は、「排他的で非情な人」とか、「怖い人」「厳し過ぎる人」に思えます。ゆえにパワハラの誤解を生じさせてしまうのです。

 「凝縮性」の高い、パワハラ疑惑の当事者に話を聞くと、彼らは決まってこう言います。  

 「自分は当たり前のことをしただけです。疑惑を持たれること自体が解せません」

 そこで私は質問します。

 「気持ちは分かりますが、なぜあなたがそういう対応をするのか、部下に理由をちゃんと伝えましたか?」

 すると、「皆プロなんだから、仕事を受けた以上結果を出すのは当たり前。出せなかったら迷惑がかからないように、他に任すのも当たり前。説明する必要なし」と答えます。「凝縮性」のこだわりの強さが悪いほうに表出すると、こうなるわけです。

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