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 ヒビトに与えられた役職は、安全スーパーバイザーでした。表向きは、月ミッションで活躍したヒビトに敬意を表した大抜てき、とも言えます。しかし、ヒビトには、この役職は退屈で仕方ありません。会議の議題に上がることといえば、「宇宙飛行士が日曜大工でけがした」などつまらないことばかり。ヒビトの望みは、早くパニック障害を克服して月に戻ること、それだけなのです。

17巻 #161「明日のために」

 「拡散性」の高い人は、先の見えないことにワクワクし、誰にもできないことをやりたがります。現場で日々発生するゴタゴタに飛び込んで行ったり、お客様や取引先のために難局を乗り越えたりすることに働きがいを感じます。ルーティンのデスクワークよりも、最前線での仕事や難易度の高い業務に興味を持ちます。

 その結果として、「あいつにしかできない」という立場を獲得し「オンリーワン」の存在でいること。これこそが、彼らには一番の勲章なのです。

自分の気持ちを抑えるのが苦手

 必死のリハビリと仲間の助けもあり、ヒビトは宇宙飛行士への復帰試験を見事クリアします。ところがNASA上層部は、一度パニック障害を発症したヒビトを“リスク”とみなし、現場への復帰を認めませんでした。

 その決定を聞かされたヒビトは、自宅を出たまま、姿を消します。ムッタにもNASAの同僚にも、何も告げないまま――。

 あとで上官から事情を知らされた兄の南波六太(ムッタ)は、ヒビトの身勝手さに立腹します。
 「なんでそういうこと何も言わねーで、勝手にどっか行くんだよ、お前は!」

 このムッタの気持ちに共感する読者もいるのではないでしょうか。何事も勝手にやってしまう。「拡散性」の高い人の行動にストレスを感じる場面は、普段の仕事でもありそうです。

 例えば、客先でのトラブルを部下が自分の判断で勝手に処理してしまった。うまく対処できたからよかったものの、下手をすれば大問題に発展していたかもしれない。「事前に一言相談してよ」と言いたくなる、というようなことです。

 ヒビトに話を戻すと、彼には子供の頃から、突然どこかに行ってしまう癖がありました。そのたびにムッタは心配になり、弟を探しに行きます。そんなムッタの気持ちを知ってか知らずか、いつもヒビトはケロッとした顔で帰ってくるのです。

 「せめて一言相談してほしかった」とムッタが思うのは、人としても当たり前ですし、彼の個性(「受容性」「保全性」が高い)を考えれば自然なことです。「保全性」の高い人は、周りとの協調性を重んじます。「そんな大事なことも話してくれないのは水臭い」と、寂しい気分になったでしょう。また、「受容性」の高い人であれば、相手の力になれなかったことを悔やみ、自分のふがいなさを責めたかもしれません。

 では、ヒビトはなぜ、そんなムッタに何も告げずに姿を消したのでしょうか。

 「拡散性」の高い人は、気になることがあると、「今すぐに」やりたくなります。「一人になって考えたい」と思った瞬間に、電車に飛び乗るようなものです。とても衝動的です。しかも、その行動によって「誰かが心配するかもしれない」とは、1ミリも考えていません。だって、本人にそんな発想がないのですから。

 異なる因子が高い人の気持ちを読み取るのはどのタイプでも難しいものですが、“つい動いちゃう”拡散性が高い人は、そもそも「他人の気持ちを気にする」ことが苦手です。

 「拡散性」の高い人は、自由を奪われたときにストレスを感じます。ストレス状態から脱する一番の方法は、気分次第でどこでも行ける、あてのない旅に出ることです。ヒビトは、まさにそれを地でいったというわけです。

 弟を心配するムッタに、一言アドバイスするなら、「放っておくのが一番」です。

 「拡散性」の高い人が、ふらりと出ていったとすれば、ガス抜きのためです。時間がたって元気になれば、いずれ帰ってくると思えばいいのです。その間、連絡はないかもしれません。「拡散性」の高い人は、定期的に連絡を取るようなことはしないからです。そうかと思えば、たとえ数年が過ぎていようとも、「やあ、久しぶり。飲みに行こうよ」と唐突に連絡してくることがあります。

 連絡するのは、自分が興味を持ったときです。長年の音信不通も、突然の連絡も、相手がどう思うかなど無頓着です。相手が気にしているとも思わないのです。

1つの椅子にこだわらない

 ヒビトが姿を消した後、ムッタにメールを寄越してきたのは、しばらくたってからでした。

19巻 #186「日々人さん」
19巻 #187「ピンチ男とビンス家」