「GENBA(現場)が大切だ」。10月18日、米・シカゴのビームサントリー本社で取材に応じたアルバート・バラディCEO(最高経営責任者)は、「GENBA」という言葉を何度も繰り返した。

 「サントリーと統合してから5年間、毎年売上目標をクリアし、成長を続けてきた。この統合は正しかった」とも話す。恩讐を乗り越え、組織の一体化を進めた成果を強調するバラディ氏。成功のカギは、サントリーが長年培ってきた現場主義にあるという。

 米国で最も文化的で、最も米国らしい街といわれるシカゴ。シカゴ美術館やシカゴ大学を擁し、19世紀の美しい建物が多く残る街並みは、ハリウッド映画の舞台としてスクリーンに頻繁に登場する。洗練されたレストランやブランドショップが立ち並ぶ街の中心部に、ビームサントリーは本社オフィスを構える。

ビームサントリーのトップに4月に就任したアルバート・バラディCEO(最高経営責任者)。シカゴ本社の役員会議室には、サントリー創業者・鳥井信治郎氏とビーム中興の祖、ジェームズ・ボーリガード・ビーム氏(1864~1947年、通称ジム・ビーム)の写真が並べて飾られている
ビームサントリーのトップに4月に就任したアルバート・バラディCEO(最高経営責任者)。シカゴ本社の役員会議室には、サントリー創業者・鳥井信治郎氏とビーム中興の祖、ジェームズ・ボーリガード・ビーム氏(1864~1947年、通称ジム・ビーム)の写真が並べて飾られている

 2017年まで、本社はシカゴ市中心部から車で1時間近く離れた郊外にあった。都会の喧騒(けんそう)から離れた、広々としたオフィス。しかしそこは、多くの消費者がいるわけではなく、ビームサントリーの商品を扱う飲食店も少ない。

 米国の消費トレンドを把握して事業を成長させる上で、「本社の人間が『消費の現場』にいないというのが、決定的な問題だと思った」。統合作業を陣頭指揮したサントリーホールディングス(HD)の新浪剛史社長はそう振り返る。

 ビームとの統合の難所の1つが、この本社移転だった。移転費用がかかるだけでなく、通勤の負担も増す。反対する社員や幹部は多かった。「マット(・シャトック前CEO)は車で15分の場所に自宅を構えていたが、移転すれば通勤時間は1時間半に伸びて、生活パターンが変わる。それでも2年かけて説き伏せた」(新浪氏)

 移転から2年余りを経て、バラディCEOは会社の変化を感じている。「社員が当社の製品を扱う飲食店や話題の店に直接足を運び、消費トレンドをウオッチするようになった」という。

 11年に上場したビームは、経営幹部から営業現場まで短期的な収益を追求する風潮がまん延していた。弊害は業務用の営業に現れた。卸を通じて販促を仕掛けることで、複数のスーパーや酒販店で一度に売り上げを伸ばせる家庭用の営業に比べ、何度も店に通い、店ごとの特性に合わせた商品提案をしなければならない業務用の営業は「非効率」だとして敬遠されていた。

 新浪氏はこうした雰囲気を打破するため、営業やマーケティングの経験が豊富なエース級の社員を何人もサントリーから送り込んだ。ビームサントリー営業推進部ハイボールチームの竹内淳シニアマネージャーは、日本のハイボールブームの仕掛け人だ。「感度の高い客が集まる『発信力』のあるレストランやバーで新しい商品や飲み方を提案し、ファンが増えれば、家庭用の売り上げも自ずと付いてくる。飲食店がすべての起点であることを訴え続けてきた」

 商品が毎日1杯売れる店を50店作るよりも、50杯売れる店を1つ作れ──。国内酒類大手の中でも特に飲食店への営業に強みを持つサントリー。営業現場ではこうした教えが口伝されてきた。米国でも有数の高級イタリアン「ギブソンズ・イタリア」やミシュラン一つ星のダイニングバー「ロングマン・イーグル」といった有名店で、ビームサントリーの商品が売り上げを伸ばしている。