全2480文字

 関東地方でセブンイレブンの店舗を営んできた徳井健介氏(仮名)は先日、コンビニエンスストアのオーナーを辞めた。徳井氏がチェーン本部との契約を更新せず、これまで徳井氏が経営してきた店舗は別のオーナーが運営することになった。

 筆者が徳井氏に話を聞いたのは、オーナーを辞めてからわずか2日後。「ただ仕事を休んでいるようで、セブンのオーナーを辞めた実感はない」という徳井氏はコンビニオーナーとしての約20年間を振り返り、語ってくれた。

人件費の上昇が加盟店の経営の重荷になっている

 徳井氏がセブンイレブンのオーナーとなったのは1990年代の後半だ。開店直後の1日の売上高は40万円ほどだったという。当時のセブンイレブンの平均日販(1日1店舗あたりの売上高)と比べても低い水準だったようだ。しかし、その後、酒類の扱いを始めたことで、売り上げは1日70万円ほどになった。

 だが、良い時期は長く続かなかった。店舗前の歩道が拡幅されたため、それまで路上に短時間駐車して買い物していたタクシーの運転手らが寄り付かなくなってしまった。1日の売り上げは45万円ほどに逆戻りした。「日販が40万円ほどだと、売れ残り商品の廃棄が2万円ほどで赤字になってしまう。かといって廃棄を抑えようとすると、店内は商品がなく棚がガラガラな状態になる。1度落ちた売り上げを取り戻すのは難しい」(徳井氏)

 コンビニの会計は特殊だ。本部と加盟店は店舗の売り上げから原価を引いた粗利益を分け合う形だが、廃棄分については原価に含まれず、全額が加盟店の負担となっていた。廃棄分を原価に入れなければ、粗利は膨らみ、オーナーが本部に支払うロイヤルティー(チャージ)も多くなるため、オーナーに不利な契約としてたびたび問題になってきた。現在、セブンイレブンでは本部が廃棄費用の15%を負担している。

 徳井氏は「当時は子供の学費を工面するのにも苦労した。妻はどうせ買いたいものが買えないのだからと、街に行くこともなくなった」と当時を振り返る。それでも徳井氏はあきらめず、青果物など扱う商品を増やすことで、売り上げを増やす努力を続けた。

 転機となったのは、2009年に公正取引委員会がセブン-イレブン・ジャパンに対し、独占禁止法に基づく排除措置命令を出したことだった。消費期限の迫った弁当などを値引きして販売する「見切り販売」を制限することが優越的地位の乱用に当たると判断されたためだ。

 この排除措置命令を契機に、徳井氏も弁当などの見切り販売を始めた。「今後も契約を更新するつもりならば、いい仲でいきましょう」「周辺(の店舗)とも仲良くやったほうが」。見切り販売を始めることを伝えると、店舗の経営指導に当たる本部の社員からはこう言われたという。