雨傘革命のときに逮捕されたそうですが、それでも大学では失職しなかったのですね。

 私の場合は不起訴でした。雨傘革命の最後の最後、警察が強制排除を進めていたところに残っていた200人のうちの1人でした。このうち私を含む3人が大学の教員で、いずれも逮捕はされましたが不起訴に終わっています。

 オキュパイ・セントラルの発案者である戴先生は禁錮刑を受け、刑務所に収監されましたが、今も教職を持たれています。逮捕されても、有罪でも、それだけをもって教職を失うということはないのです。

大学は政府からの独立を守っているのですね。

 今は、ですね。この独立性がいつまで維持されるのかは分かりません。

書棚を拝見すると、中国の古典が並んでいます。中国の政治体制に対する思いと、中国の人や文化を愛する気持ちは別ですね。

 私は中国・広東省出身です。中国への関心はもちろん持っています。中国のウェイボーアカウントも持っていました。8年も運営していたんです。しかし、雨傘運動の後と今回の逃亡犯条例改正案反対運動の後、全部閉鎖されました。4つのアカウントを持っていて、フォロワーが20万人超えていたのですが。

 私は、香港の民主化はもちろん、中国大陸の民主化も求めていきたい。中国は今世界で最も強い国とも言えるので、中国の民主化運動をどのように進めるかということは世界に影響すると思っています。

*  *  *

 少しずつ、この連載で書きたかったテーマに近づいている。それは、この中国大陸の果てにある半島と島嶼に生きる「香港人」と呼ばれる人たちの人生の総合と、「香港」というシステムの乖離だ。

 世界中どの国を探しても、国のありようを根本で規定する憲法に「50年」という時限が書かれた場所はないはずだ。私は、そこで生きる人たちの息づかいとはまるで無縁で無機的な期限の設定に、アフリカに描かれた直線の国境を思い起こす。

 香港とは、イデオロギーとマネーにおける実験場だった。ここに住む人たちは、それがゆえの利益を享受しつつ、それがゆえの宿命的な不整合に耐えてきた。だが今、利益の配分機能が不全に陥り、それを解消するメカニズムが働かなくなっている。利益なき時代に生まれ落ちた若者たちは、50年というタイマーが刻一刻と残り時間を減らしていくのを眺めながら、ただ不整合に耐えるしかない。

 彼ら彼女らは、民主主義が正しいから、美しいから、手にしたいと願うのではない。その乖離を埋めるための唯一の方法だから願うのだ。周へのインタビューを終えて、漠然と抱いていたその感覚が形になったような気がした。

 次回に続く。(敬称略)

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