5大要求の実現はハードルが高そうです。運動の行方について、どうお考えですか。

 5大要求の実現はもちろん難しい。ですが、中国共産党への不満を含めた香港人のフラストレーションはもう臨界点に達していて、今回の運動はその爆発だと思います。デモに参加している人たちには必ずしも勝算はありません。ですが、じっとしていられない。これがもう最後の戦いです。後がないという思いで町に出たということです。

 デモ隊の中では「攬炒(道連れ)」ということがいわれています。私たちを燃やすならば、共にすべてを燃やしてやる。もう失うものがないところまで追い詰められたので、香港社会や経済にダメージがあっても戦い続ける。たとえ難しくても5大要求が満たされるまでデモはやめない、という決意です。これまでの社会運動はリーダーが政府と妥協して、交渉して、成果を獲得したら止まっていました。今回の運動にはそういうリーダーはいません。失うものがないと思ってしまっている香港の若者たちは、すべての要求が満たされるまで止まらないでしょう。

 5大要求の中で最も実現が難しいのは「普通選挙の実現」です。これは香港の政治システムに対する深甚な影響があります。中国共産党は雨傘のときにも、真の民主主義を香港にもたらすつもりはないという明確なメッセージを発しています。

リーダーなき運動、「be water」などといわれる今回の運動形態は自然発生的に生まれたものなのでしょうか。誰かが提唱したものなのでしょうか。

 まず「リーダーなき運動」というものの実態ですが、まったく組織がないというわけではありません。実際には小さな組織がたくさんあって、それぞれにはリーダーもいます。その小さなグループがそれぞれのやり方で戦っている。警察と衝突するような人もいれば、人間の鎖に参加する人もいる。世界の新聞に意見広告を出して世論を喚起しようという運動をしている人もいる。ただ、これら全体を指揮するリーダーはいないのです。

荃灣(センワン)で中学生たちが作った「人間の鎖」(写真/的野弘路)
荃灣(センワン)で中学生たちが作った「人間の鎖」(写真/的野弘路)

 こうなった背景には、雨傘革命の経験があります。デモ参加者たちは、雨傘革命が終わる頃にはリーダーに不満を持っていました。団結が失われていって、各団体がばらばらになっていって、力を一つに集約させることもできず、結局、何も成果を得ることなく力を失っていった。今回、「リーダーなき運動をしよう」と言い出したのではなく、強力なリーダーがそもそもいなかったし、不信感もあって、やむなくこの道しかないのでリーダー不在の運動という選択肢を取ったということだと思います。

日本や欧米メディアでは、黄之鋒や周庭(アグネス・チョウ)が「民主化運動のリーダー」として取り上げられることも多いようです。

 今回の運動に関して言えば、黄之鋒や周庭の影響力は相当に限られています。周は黄よりも影響力が小さいと思います。2人が果たしている役割は、ほぼ外国メディア向けのメッセージの発信のみです。外国のメディアはデモ隊のことはあまり詳しくないので、知名度のある人にしかコンタクトしようとせず、彼らに取材が集まっているのでしょう。彼らの政治団体「香港衆志」の影響力も限られています。今回のデモで、香港衆志の名義での活動は一度もないのではないかと思います。

この取材に応じたことも含めて、ご自身の今回のデモに関する発言や行動が不利益につながる可能性はないのでしょうか。

 中国政府からの圧力は、雨傘革命のときにすでに始まっています。私は中国本土に入ることはできますが、言論活動は禁じられています。講演などはできないのです。