(写真/的野弘路)
(写真/的野弘路)

記者注:

 Lさんの死が今回のデモにもたらした影響については連載の第11回「香港デモが組み込んだいくつもの「死」の物語」で触れた。暴動罪については第9回「被弾高校生を起訴、事実上の戒厳令で覆面禁止法も」で説明した。

Lさんの葬儀の委員長を務めておられます。

 Lさんへの敬意がありましたが、大任なので最初は辞退したいという気持ちがありました。ですが、ほかの方がみなお引き受けにならないとのことでしたので、自分しかいないと思い直して受け入れました。大雨の中、午後2時から10時までの予定でしたがそれを過ぎても、数万人の香港人が列を成して別れを惜しみました。若者だけでなく、社会の色々な層の人たちが広く集まっているのが印象的でした。

Lさんの葬儀には参列者が数万人集まった(写真提供/周保松)
Lさんの葬儀には参列者が数万人集まった(写真提供/周保松)

Lさんのご両親には取材をお受けいただけませんでした。

 ご両親はメディアに対して抵抗感があり、取材をお断りしたいとのことです。

Lさんはどんな方だったんですか。

 彼は積極的に社会運動に参加してきた人ではありませんでした。ご両親はいわゆるブルーカラーです。

これまで香港の社会運動、政治運動の中で、主張を掲げて自ら死を選んだ人はいましたか。

 私の知る限りいません。返還以降の香港の歴史の中で、社会運動のために最初に身をささげた人とも言えると思います。彼の死は香港の若者たちの感情に強い影響を与えました。「犠牲になった人のためにも、成し遂げたい」という気持ちで、みなが一つになった。

Lさんの死の後で、何人もの若者が自ら命を絶っています。どうご覧になっていますか。

 香港の若者の間に、うつ病がまん延しています。原因は、必ずしも政治に対する不満ではありません。様々な原因があります。香港中文大学が実施した調査では、新入生の2割か3割ぐらいはうつ病の症状があるという結果が出ました。香港社会が若者にかけているプレッシャー(重圧)の大きさを物語っていると思います。

 そうした素地があったので、Lさんの死の後に複数の自殺者が出たことは、想定の範囲内というか必ず起こるだろうと思っていたことでした。自殺した人は、政治運動に積極的に参加していた人とは限りません。もっと言えば、そもそもの動機は、死で抗議するという手段を使いたいということとも限らないのです。私個人の意見ですが、死を選んだ若者たちは、どうせ死ぬんだから最後に政府に対して今回の政治的なメッセージを送りたいと考えたということも多いのではないかと思います。