記者注:

 「オキュパイ・セントラル(セントラルを占拠せよ、広東語で『佔領中環』もしくはその略語である『佔中』)」とは、香港の金融・行政の中心である中環(セントラル)を占拠することで機能を阻害し、政府に圧力をかけて民主主義を獲得しようという市民運動の手法。2011年9月に米国で富の偏在の解消を訴える「オキュパイ・ウォール・ストリート(ウォール街を占拠せよ)」という運動が起こったことにヒントを得て、2013年1月に香港大学法学副教授の戴耀廷によって提唱された。それまで実施されてきたハンガーストライキやデモでは影響力が小さかったため、2017年に実施される行政長官選挙で普通選挙を実施させるために、政治的により強力な武器として非暴力・不服従の「占拠」を選択肢に入れるべきだと説いた。天安門事件後に中国本土からの亡命を支援する「黄雀作戦」に関わったことで知られるキリスト教牧師の朱耀明、香港中文大学副教授の陳健民がこれに賛同。3月には政府が普通選挙の実現に応じない場合はオキュパイ・セントラルを発動すると宣言した。

 2014年には普通選挙実現運動の主導権が戴、朱、陳から学生団体に移ったため、雨傘革命の運動を彼らが先導したわけではないが、同運動で用いられた大人数による道路占拠という闘争手法の提唱者であることは間違いない。

 2019年4月24日、裁判所は雨傘革命運動の道路占拠が香港社会に不便と苦難を与えたとして、その手法を提唱した陳と戴に禁錮1年4カ月の実刑判決を、朱に禁錮1年4カ月、2年間の執行猶予判決を言い渡した。裁判所はこれに先立つ4月9日にも雨傘革命に関わった別の6人に対して有罪判決を言い渡している。

 ただしこの時点(4月末)では、私も現場にいましたが、若い世代の参加者はほとんどいませんでした。それが徐々に変わっていきます。

 5月に立法会(国会に相当)で民主派の議員たちが条例改正の審議を食い止めようと争い、香港人の怒りに火を付けました。これで多くの人が逃亡犯条例改正の問題を知りました。これを受けて、5月末に300校を超える中学校の生徒(香港は中高一貫のため、年齢としては日本での高校生を含む)が条例改正反対の署名を集めます。彼らは寄付を募って、新聞に意見広告を出すこともしました。署名活動への賛同者は次第に増えていって、初めは生徒や学生たちでしたが、やがて主婦や、障害者や、大学の卒業生などに広がっていきました。

 6月9日に大規模デモが発生するまでにこうした動きがあって、逃亡犯条例改正の問題は、一部の政治に関心のある民主派だけでなく、若者を中心とした香港の幅広い階層に浸透していたのです。6月12日のデモでは、参加者の8割は若者たちでした。

記者注:

 逃亡犯条例の改正を急ぐ政府・親政府派議員と、これを阻止しようとする民主派議員の対立は2019年5月半ばに激化した。14日には審議を進めるために委員会の議長選出を強行しようと試みた親政府派と民主派が激しいもみ合いとなり、病院に搬送される議員も出た。同日の委員会はわずか10分ほどで中断された。この様子が報道されたことで、逃亡犯条例改正について香港社会の関心が高まった。

 学生の署名はインターネットで集められた。立場新聞「【名單不斷更新】聯署反對逃犯條例修訂 全港遍地開花 校友聯署涉近三百中學」に各校の署名へのリンクが掲載されている。学校だけでなく、宗教団体や職域団体なども広く参加していることが分かる。

 集められた署名と寄付をもとに、6月4日には香港紙「明報」に署名を添えた意見広告を出して6月9日のデモ参加を呼びかけた。6月9日デモが大規模化した背景には、こうした動きがあった。

(写真/的野弘路)
(写真/的野弘路)

こうした若い世代や幅広い階層での署名活動などは、これまでの香港の社会運動でも見られたのでしょうか。

 雨傘革命のときにもありましたし、その前にもありました。ただ、規模は今回のものよりも小さかったし、何より違うのは様々な階層の人たちが参加したことでしょう。