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デモ参加者の多くは顔をマスクで覆っている(写真以下2点/的野弘路)
警察はデモ参加者の姿をカメラに収めている。この証拠集めへの対抗策がマスクなのだ

 すでに「暴動罪」の一線を明らかに越えた過激行動を取ってきたデモ参加者たちにとっては「逮捕される理由が増えた」ことにすぎないかもしれない。だが、「暴動罪」のリスクを冒さないと考える範囲で、顔を隠しながら穏健な行動を取っていた人たちにとっては、逮捕されるリスクが新たに生じたことになる。彼ら彼女らが取り得るアクションは、覆面を取って顔をさらしてデモに参加するか、もしくはデモから遠ざかるかだ。一定数の穏健派がデモから距離を置き、結果として行動派が孤立していく可能性がある。

火炎瓶を投じる男性もマスクで顔を覆っていた(写真/的野弘路)

 この覆面禁止法が発効するだけでもデモに対しては少なからぬインパクトがある。だが、急いでこの記事を書いたのはこれを伝えたかったからではない。香港社会にとって極めて重い意味を持つのは、香港政府が、この法律を「緊急状況規則条例(緊急法)」の行使によって成立させようとしているという点だ。

 緊急法が定めるところによれば、香港政府の諮問機関である行政会議が「緊急状況」を認めれば、香港政府はこの法律を執行できる。政府は、事態の収拾のためであれば、市民の集会や行動の禁止、資産凍結・没収、通信や言論への検閲などを可能にする法律を、立法会(日本でいう国会)の審議を経ずに即時公布できる。

 三権分立を無視した超法規的な法であり、香港に軍はないが事実上の「戒厳令」に当たると言っていい。

 ここまで読んで「中国共産党は、香港市民を圧倒するためにこんな手段を用意していたのか」と驚く読者もおられるだろう。だが、この法律が制定されたのは1922年。同法は、英国統治時代に、英国政府によってもたらされた。

 この法律の威力には、「統べる者」から「統べられる者」に向けられた、容赦のない、典型的にコロニアルなまなざしを感じずにはいられない。香港にとって英国統治時代もまた、ある種の自治自決なき時代だったということを何より示す法律だろう。

 最後に行使されたのは1967年、英国の統治に反対する共産党シンパの左翼勢力が爆破や暴行などテロ活動を繰り広げたのを鎮圧するためだった。

 第6回で解説したように、香港返還時に発効したミニ憲法「香港特別行政区基本法(香港基本法)」には、英国統治時代の法体系を維持すると明記されている。英国政府が植民地経営のために香港に備え、かつては共産党勢力を一掃するために振るわれた刃が、今、中国共産党の影響下にある香港政府の手に渡って市民に振り下ろされようとしている。香港のデモ隊は、その順守を求める「一国二制度」で残された、今まで彼ら彼女らを守ってきた英国統治時代の法に裏切られようとしている。皮肉と言わずして何と言うべきか。

 覆面禁止法は、その力の表れの1つにすぎない。