8月末にも警官が空に銃口を向けて実弾を発砲したことがある。そこからおよそ1カ月間、警察による実弾発砲はなかった。恐らく8月末の発砲は、現場の警官が動揺した末の暴走だったのだろう。

 翻って今回、10月1日にはわずか数時間の間に4カ所で6発も撃たれた。たまたまほぼ同時に4カ所で、同じように動揺した警官がそれぞれの判断でとっさに身を守るために発砲したという偶然の符合がない限り、これは、警察上層部が現場に対してデモの鎮圧に実弾を発砲する許可を与えた故の行動と考えるのが自然だろう。

 とすれば、一線を越えたのは発砲した警官個々人ではなく、彼らに実弾入りの拳銃を携帯させ、発砲の許可を与えた香港警察という組織であり、ひいては警察を実力部隊としてデモ鎮圧に差し向けている香港政府そのものである可能性が高いと言わざるを得ない。

 9月22日に取材に応じた親政府派議員の田北辰は、こう話していた。

取材に応じる田北辰(写真/的野弘路)
取材に応じる田北辰(写真/的野弘路)

 「日本でも、ほかの国でも、ある地方で暴動が起こるなど地元警察の手に負えない事態が起こったら隣の自治体の警察から応援が来るはずだ。香港の警察にはその応援がない。軍もない。デモの人数に対して警察官が足りないのは明らかだ」

 香港は、防衛や外交を除く自治について認められた中国の1都市にすぎず、警察の能力は相応の規模に留まるし、軍は持たない。今回のデモ隊との衝突は香港警察の制度設計が想定している規模を超えつつあるが、「一国二制度」の制約から、香港警察は中国の他都市の警察の応援を要請することができない。

 手持ちの警察の武力でデモ隊を圧倒できない以上、香港政府が取りうるアクションは2つしかない。1つは「駐留軍への要請」だ。第6回で解説したように、香港特別行政区基本法が定めるところにより、香港政府は治安維持のために中国が香港に駐留させている軍に協力を要請することができる。だがこれはある種の「伝家の宝刀」であり、容易に抜けるものではない。残る1つが、現有の警察の武力を高めることだ。拳銃使用について香港警察に大きな方針転換があったとすれば、その帰結と考えるべきだろう。

“市街戦”を香港各所で繰り広げる警察。すでに騒乱の規模はその処理能力を超えている(写真/的野弘路)
“市街戦”を香港各所で繰り広げる警察。すでに騒乱の規模はその処理能力を超えている(写真/的野弘路)

 今まさに動いている香港情勢を追いながら書いているため、予定していた紙幅を大きく超えてしまっている。この記事をもって、完結を予定していた8回を迎えたが、まだ終えられない。この連載ではこれから、突発的な最新ニュースが入ればその都度触れるようにしながらも、いよいよ香港デモを生んだ社会システムの「構造」に少しずつ迫っていきたいと思っている。

 そのために次回、しばし時計の針を、英国からの返還以来最大となる200万人規模(主催者発表)のデモが発生する前夜、2019年6月15日に戻したい。

 次回に続く(敬称略)。

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追記:10月2日、記事を午後5時に配信したあと香港警察が記者会見を開いた。同会見での警察の発表によると、10月1日の1日で使われたのは、催涙弾1400発、ゴム弾900発、ビーンバッグ弾(布袋弾)190発、フォームチップ弾230発、実弾6発だった。すさまじい数だ。(10月2日18時45分追加)

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