ただし、これがもし実現したとしても、一定の歯止めになるのが「駐留軍要員は全国レベルの法律を遵守するほか、香港特別行政区の法律も遵守しなければならない」の一文だ。香港には英国統治時代の法体系が残っている。

第8条 香港は従来の法律、即ちコモンロー、衡平法、条例、付属立法および慣習法は、本法に抵触するかまたは香港特別行政区の立法機関が改正したものを除いて、保持される。


 このように香港基本法は、一見、英国統治時代の社会システムを継続させることを約束し、中国政府の恣意によってその根幹が揺らぐことがないように設計されているようだ。中国政府の実力部隊を香港で稼働させるためには、あくまでも「香港政府からの要請」が必要であり、しかも香港の法体系に行動が制限されるとあるのだから。

 だがこの根底を覆す一文もまた香港基本法に書かれている。

第18条 (引用略)全国人民代表大会常務委員会が戦争状態の宣言を決定し、または香港特別行政区内で香港特別行政区政府が制御しえない、国家の統一もしくは安全に危害を及ぼす動乱が発生したため、香港特別行政区が緊急事態に入ったことを決定した場合には、中央人民政府は関係する全国レベルの法律を香港特別行政区で施行する命令を出すことができる。


 「または」の係り受けが複雑なので今回の香港デモに関する文脈で整理すると「中央人民政府は関係する全国レベルの法律を香港特別行政区で施行する命令を出すことができる」。その条件は「全国人民代表大会常務委員会が、香港特別行政区内で香港特別行政区政府が制御しえない安全に危害を及ぼす動乱が発生したため、香港特別行政区が緊急事態に入ったことを決定した場合」というものだ。中国全国の法律を香港に及ぼすことができることを明記しており、この一文により、中国政府は香港において緊急時に「一国二制度」の原則を超える力を持つことができる。

 この一文の主語には香港政府はない。条件を判定する主体は「全国人民代表大会常務委員会」であり、命令を出す主体は「中央人民政府」だ。香港政府の判断や要請がなくとも、中国政府は自らの一念でその力を発揮できる。

 この記事の冒頭で、中国政府は香港デモを鎮圧するために実力行使できるかどうかという問いに対して「できる」と書いた。その根拠がこの第18条だ。ここにも香港という社会システムが英国からの返還以来抱えて続けている危うい「構造」がある。

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