デモが予告されていたため駅は閉鎖されており、シャッターが下りて出入りできなくなっている。数人はシャッターに向かい、私やほかの記者に背を向けておのおの雨傘を差した。近寄ろうとすると、まるで盾で身を守るように傘を向けてくる。

 傘の隙間から見ていると、どうやらシャッターや壁にスプレーで文字や絵を書いているようだ。傘は、報道陣のカメラから、公共物を汚損している自分たちの姿を隠すためのものだろう。

カメラから自分たちの姿を隠すために雨傘を差しているようだ(写真/的野弘路)
カメラから自分たちの姿を隠すために雨傘を差しているようだ(写真/的野弘路)

 彼らが去ったあと、壁には「狗鉄」「党鉄殺人」などの文字が残されていた。この「鉄」とは鉄道会社(香港鉄路、MTR)をさし、いずれの文字も同社を批判したもの。「権力の犬となった鉄道会社」「中国共産党の言いなりの鉄道会社が人を殺した」といった意味だろう。

 突然、有機溶剤の強い刺激臭が周囲に立ち込める。

 放火を疑って慌てたが、そうではなかった。若者たちが、黒い塗装スプレーをプラスチック製バケツに向けて噴霧している。

 彼らは数本のスプレーを空にして、ペットボトルの水などを加えたのち、そのバケツの中にたまった黒い液体を駅出入り口に勢いよくぶちまけた。ただしこれは、彼らの想定ほど黒々と駅出入り口を汚す効果がなかったようだ。黒インクを薄めたような液体がわずかに床を染めたのみだった。

 その後も何人かの若者がシャッターに向かって投石する姿を見た。

黒い塗装用スプレーをバケツに噴霧する(写真以下2点/的野弘路)
黒い塗装用スプレーをバケツに噴霧する(写真以下2点/的野弘路)
ぶちまけたものの、黒々とした効果は得られなかった。
ぶちまけたものの、黒々とした効果は得られなかった。

 彼らはなぜ鉄道会社を敵視し、駅を閉鎖するシャッターに怒りをぶつけるのか。

 私が取材のために元朗に立ったのは9月21日。そのちょうど2カ月前、7月21日に、香港社会の空気を一変させる忌まわしい事件がこの場所で起こった。