日経ビジネス9月2日号の特集「不動産 まだ上がるか」で取り上げたように、不動産市場に流れ込む投資マネーはファンドや企業、富裕層だけでなく個人の資金も含まれる。いわゆる“サラリーマン大家”だ。
「老後資金2000万円不足」問題が象徴しているように、老後のための資産形成は待ったなし。その中で、安定的な収入を見込める商品として不動産に目をつける人は少なくない。地銀や信金・信組が会社員の不動産投資に積極的だったこともあり、1棟ものの投資用マンションなどへの不動産投資にアクセルを踏む会社員が増加した。
もちろん、風向きは変わっている。シェアハウスのサブリース事業が破綻、オーナーへの賃料が未払いになった「かぼちゃの馬車」事件とスルガ銀行による不正融資が明るみに出たことで、会社員向けの過度な信用供与が問題視された。金融庁の指導によって地銀や信金・信組の融資姿勢も転換している。
「特区民泊」を導入した大阪市では民泊物件が急増している
それでも、どこ吹く風とばかりに買い進む人々は少なくない。前回は月に2000万円の賃料収入を得る銀行の現役融資担当者の投資手法を見た。今回は大阪の民泊物件に投資する外資系製薬会社の医薬情報担当者(MR)と、軍用地に投資する元サラリーマン大家だ。
インバウンドの増加に伴って拡大した民泊市場。だが、2018年に施行された住宅宿泊事業法(民泊新法)によって年間の営業日数が180日に制限されたため、民泊運営の妙味は失われている。
特区民泊の9割以上が大阪市に集中している
その中で例外があるとすれば大阪市だ。国家戦略特区を活用した「特区民泊」を導入した2016年以降、中古戸建てやマンションを活用した民泊投資が急増している。内閣府地方創生推進事務局によれば、特区民泊の認定居室数は6月30日時点で8794件。そのうち8189件が大阪市に集中している。
福井県在住で、外資系製薬会社の医薬情報担当者(MR)として働く小林徳満氏(仮名)も、大阪の民泊投資に熱を上げる1人だ。彼は大阪市内に3つの民泊物件を所有している。阪神電鉄野田駅から徒歩10分ほどの住宅地にある中古戸建てと、「あべのハルカス」のある天王寺駅から徒歩圏にある中古物件、天下茶屋の駅そばにあるマンションの一室がそうだ。
野田駅の民泊物件は木造2階建ての中古住宅を改修したもので、1階には日本情緒あふれる土間と畳部屋、2階には2台のシングルベッドが並んだ寝室が2つある。宿泊は2泊からで1泊1万5000円から。グループで泊まればリーズナブルな料金だ。
この物件から上がる月間売上高はおよそ40万円。別のオーナーから借りているため賃料がかかるが、賃料や融資の返済分を差し引いても、この1物件だけで月20万円の利益が得られる。
小林氏が投資した野田駅が最寄りの民泊物件。古民家を民泊仕様にリノベーションしている
建物の2階には2ベッドの部屋が2つある。内装や什器(じゅうき)は外国人好みの日本風(写真は1階の畳部屋)
埋蔵金詐欺を乗り越えてたどり着いた民泊投資
小林氏が民泊投資に踏み切った理由は将来に対する不安だ。外資系製薬会社のMRは給与的に悪くないが、主力薬の特許切れや新薬価格の下落など先行きは楽観できない。そこで、会社勤め以外の収入源を得ようと様々な投資先を模索する中で民泊投資にたどり着いた。
「民泊に出合うまでは埋蔵金詐欺に遭うなどいろいろあったが、今のところは満足している。大阪は関西観光のハブとして今後も伸びが期待できると思う」
実は、小林氏には民泊投資の師匠がいる。民泊投資コンサルタントの新山彰二氏だ。
新山氏自身、サラリーマン大家だったが、民泊仲介大手の米エアビーアンドビーの日本進出後、民泊投資に乗り出した。現在は月1万円の会費で自身のノウハウを希望者に伝授している。全国各地で勉強会を開催しており、約150人の会員が全国から駆けつける。
新山氏の勉強会が人気なのは物件の選択から融資までを一気通貫にサポートしてくれるため。新山氏のネットワークには地場の不動産業者なども含まれており、民泊向きの物件情報をいち早く入手することが可能。融資についても、地元の地銀や政府系金融機関を指南している。
「150万円の自己資金で民泊物件はつくれる」
新山氏のおすすめは賃貸物件を借り、銀行ローンで民泊仕様にリノベーションして宿泊客に貸し出すというビジネスモデル。「大阪の場合、ローンを引けば150万円もあれば1つの民泊がつくれる」(新山氏)
ホテル開発が加速している大阪では将来的な供給過剰リスクもある。だが、新山氏は心配無用とばかりに胸を張る。
民泊新法が施行される前、大阪では約1万2000室の民泊物件があった。そのときに新山氏の民泊物件に宿泊客が集まったのは、3つの原則を守ったからだ。その原則とは、日本を感じさせる古民家など民泊に向いている物件を選ぶ、立地と家賃をしっかりと吟味する、自分で物件を運営する——の3つだ。
とりわけ3つ目の原則は重要だと指摘する。サラリーマン大家の場合、宿泊客とのやりとりなど面倒な業務は代行業者に丸投げしがち。だが、業者に外注すると顧客との接点が失われて差別化しづらくなると説く。「外注は負けパターン。今後、民泊物件が増えたとしても、人気のある物件とそうでない物件に二極化する。民泊に向いた物件を使えば勝てる」
アデランス時代に出会った「軍用地」
小林氏や新山氏は大阪の民泊物件にフォーカスしているが、全く別の不動産を見ている投資家もいる。例えば、沖縄県那覇市でホテル業を営む三浦弘人氏は軍用地投資を積極的に進めている。
軍用地投資家として知られる三浦氏。自身もサラリーマン大家だったが、今はおもろまちでホテルを経営している
不動産の世界で「軍用地」とは、米軍基地と自衛隊施設として利用されている土地のこと。第2次大戦後、米国は在沖縄米軍の機能を強化するため、沖縄本島中南部を中心に土地を接収した。その後、土地を奪われた地主が立ち上がり、使用料を求めて米国と争った。現在は日本政府が基地の借地料として土地の所有者にお金を払っている。
三浦氏が軍用地の存在を知ったのは、かつらメーカー、アデランスの社員として沖縄を駆け回っていた22年前。かつらの代金を督促するため顧客のところを訪ねたときに、「借地料が入ればまとめて払う」と言われて初めて軍用地の存在を知った。
「私は東京出身なので『何それ?』という感じ。帰社後、沖縄出身の上司に報告したところ『軍用地であれば大丈夫』と。軍用地の信用は絶大だった」。そう三浦氏は振り返る。その後、家庭の事情で転勤続きのアデランスを辞め、沖縄の大東建託で働き始めて軍用地投資の真の破壊力を知る。
顧客の富裕層にアパート経営の営業に行くと、ほぼ全ての人が「アパートを建てるくらいなら軍用地を買う」と言う。そこで本格的に調べると、様々なメリットがあることが分かった。
持っているだけで借地料が増えるカラクリ
例えば、借地権付き土地という扱いのため、相続税評価額が低く相続対策になる。また、日本政府が借地料を支払うため滞納がない。軍用地愛好家が「沖縄国債」と呼ぶゆえんだ。そして、毎年のように地代が上がる。
元防衛省沖縄防衛局職員で、三浦氏と同じ軍用地投資家の仲里桂一氏によれば、彼が所有している嘉手納飛行場の借地料は年平均1.8%上昇している。複利的に上がるので、持っていればいるほど借地料は増える。
相続税対策、国債並みの安定度、借地料の複利的増加——。この魅力に気づいた不動産投資家が群がった結果、軍用地は毎年のように値上がりしている。4~5年前に借地料の30倍(利回り3.3%)で取引されていた嘉手納飛行場の価格は62倍(利回り1.6%)まで上昇した。価格にして倍である。
さすがに天井に近いのではないかと思うが、投資家の軍用地熱は冷める気配がない。特に、東アジアにおける米軍最大の空軍基地、嘉手納飛行場のように返還予定のない基地は永続的に借地料が入るため、売却情報が掲示されれば一瞬で消えていく。
利回りが低下する中、それぞれが独自の才覚で勝機を見いだしている様子が見て取れるのではないか。サラリーマン大家には逆風が吹き始めているが、まだまだ行けるか、もうそろそろ限界か――。その判断は読者に委ねよう。
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