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金融緩和とインバウンドブームが相まって、一部の都市の不動産価格は上昇の一途をたどっている。神社仏閣の集まる古都、京都はその代表だ。市内を歩けば、スーツケースを転がす外国人観光客が闊歩(かっぽ)しており、その需要を当て込んだホテルや簡易宿所の建設が加速している。

外国人観光客の流入に沸く今の京都をどう見るか。京町家など日本の古民家再生に半生をかけるアレックス・カー氏に話を聞いた。

京都の観光名所に外国人客があふれかえるようになってしばらくたちます。カーさんは2004年以降、京町家の再生を通して京都という町の伝統的価値を後世に残そうと尽力されてきました。今の状況はどう映っていますか?

アレックス・カー氏(以下、カー):10年以上前に、京町家の町並みを残す一助として、古い京町家を修繕して宿泊施設をつくるというプロジェクト(京町家ステイ)を始めました。その後、同様の取り組みを進める人々が増えたことで、取り壊される一方だった京町家がだいぶ残るようになりました。宿泊施設への転換は京町家を残す原動力になったと思います。

 ところが、昨今のインバウンドブームと不動産価格の高騰で再び京町家が取り壊されるようになっています。

アレックス・カー氏
東洋文化研究者。1952年、米メリーランド州生まれ。12歳の時に米軍に所属していた父の赴任で横浜に住む。米エール大日本学部を卒業した後、74年から英オックスフォード大学で中国学を専攻、学士号と修士号を取得。73年に徳島県祖谷で茅葺(かやぶ)き屋根の農家を取得して以来、古民家を活用した滞在型観光事業を営む。現在はバンコクと京都を拠点に東洋文化に関する講演や執筆活動を手がける。主な著書は『美しき日本の残像』(文庫:朝日新聞出版)『犬と鬼』(講談社)など。今年3月に共著で『観光亡国論』(中央公論新社)を刊行した。※インタビューは京都・嵐山の正覚寺で行った(写真:山田哲也、以下同)

再び古民家の破壊ラッシュが始まっている

海外からの旅行客が増えて京町家の維持が進むと思っていましたが……。

カー:逆です逆。確かに、京町家を残すことに経済的なメリットを見出せた時期はありました。でも、今は不動産価格が上がりすぎているため、京町家を宿泊施設やバルのようなレストランにリノベーションするよりも、壊して小さなホテルをつくったり、マンションを建てたりする方がもうかるようになってしまいました。再び古民家の破壊ラッシュが始まっています。

 今年3月に出した『観光亡国論』にも書きましたが、京都では古い町家を簡単に取り壊すことができます。京都市も京町家の保全と継承を目的にした条例を制定していますが、規制自体は決して厳しいものではないため、ほとんど市場原理に委ねられている。

 同じく観光公害に見舞われているバルセロナやアムステルダムなどは市街地に新しい宿泊施設をつくれないよう規制しています。京都も四条を中心にした田の字地区や嵯峨嵐山などの旧市街地の開発を規制し、京都駅の南側などに新規開発を限定するなど思い切った手を打つべきではないでしょうか。開発が制限されれば、旧市街地の宿泊地にプレミアムがつくので経済効果もあるでしょう。どこを開発してどこを保護するか、京都市はもっとゾーニングを考えるべきです。

観光客の増加についてはどう思いますか。

カー:観光客が京都に来ること自体は何の問題もありません。いいことだと思います。ただ、観光公害になるかならないかは受け入れ側の問題です。日本に観光客が来るのは時代の波だから止まらないでしょう。であるならば、増える観光客を町としてどうマネジメントするかということを真剣に考える必要がありますが、行政は単純に人数を増やすことしか考えていません。

 少し前ですが、ベルギー政府は予算を観光促進ではなく観光マネジメントに使うと発表しました。観光客は放っておいてもブリュッセルに来るでしょう。ならば、PRにカネを使うのではなく、市街地へのアクセスや駐車場、景観規制などのルール作りにカネを使う方がいい。準備なく観光客を増やすから観光公害になるのであって、受け入れ側にきちんとしたシステムがあれば問題は少なくてすみます。