
10月21日号の日経ビジネス特集「さびつく現場力 磨けば光る『日本流』」では、人手不足に悩む中小製造業の現場を取り上げた。外国人労働者に現場を任せる企業もある一方で、AI(人工知能)やIoTなどのデジタル技術の進化を取り込み、現場力を引き上げる動きが広がってきた。
「一昔前は開発現場がパンクしていた」。そう話すのは、板金加工を手がける星製作所(東京都八王子市)の星肇社長だ。試作品の受注が多い同社の現場は、多品種少量生産への対応で負荷が高まりがち。実際、10年ほど前までは星社長も現場に出て、設計や製造を担当。社員と共に毎日午後11時ごろまで残業に追われていた。
だが、今は違う。星社長が現場に出ることはほとんどない。将来の経営戦略作りなど、社長本来の仕事に専念。連日、残業続きだった従業員も定時で帰宅できる日が増え、家族と食卓を囲めるようになった。
働き方を大きく変えたのがデジタル技術の導入だ。板金機械大手アマダが提供するソフトウエアを活用することで、従来、手作業で書き換えていた図面の3次元化などを自動化。1つの設計にかかる時間は3割短くなったという。

ソフトウエアの導入は現場の働き方だけでなく、従業員の設計力も進化させた。短時間で多くの設計案件に対応できるようになり、製造時に不具合が出やすい設計図面を判別できるようにもなった。今では、顧客が設計した図面に不具合がないかを検証し、修正内容をアドバイスすることもある。
デジタル技術の活用で付加価値の高い仕事を受注できるようになり、利益率は大幅に改善した。かつては入社希望者が少なかったが、働きやすさなどの評判を聞き、訪ねて来る若者も多い。
もちろん、ソフトウエアを使いこなすには、新たなスキルが必要になる。これまでの仕事のやり方を変えるのはたやすいことではない。星社長も「私はソフトウエアの導入に前向きだったが、他の多くの職人にとって、どう計算しているかわからないソフトウエアに現場を任せるのは複雑な心境だろう」と推測する。
ただ、10月21日号の日経ビジネス特集「さびつく現場力 磨けば光る『日本流』」で取り上げたように、日本の製造業の現場は今、疲弊している。技能伝承がままならず、事業承継すらできない中小企業は今後増えるとみられている。現実と向き合いながら、現場力を維持、向上する取り組みが欠かせない。
デジタル技術はそのために欠かせぬ道具だ。その意味では製造現場に設備を納入するメーカーの役割も変わる。アマダは設計・製造したい板金機器の大きさや形状などの基本寸法を入力するだけで、データベースに蓄積した過去の設計データから似た形状の設計データを自動的に探し出し、図面を作製するソフトウエアも発売している。機械を提供するだけでなく、デジタル技術の進化を取り込みながら、顧客の開発や製造の現場力を支えていくわけだ。
必要な部品を必要なときに必要な分だけ供給する「ジャスト・イン・タイム」を考案し、世界に広がる「トヨタ生産方式」。その生みの親、大野耐一氏は戦後、職人気質が色濃く残る機械工場で、ひたすら旋盤を操る旋盤工を口説きながら、職人の多能工化を進めていった。今のデジタル技術もひょっとしたら、当時の多能工化に相当する革新を現場に持ち込んでいるのかもしれない。
過去の常識にとらわれず、新たな試みをコツコツと続けていく。そこに日本の現場を再び輝かせる道がある。
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