全1031文字

 日経ビジネス9月23日号の特集「判断力低下社会」では、自動車事故や火災、ビジネスの現場で、人々の判断力が下がることによって生じる問題を紹介した。認知症患者が増えて深刻になると言われる社会のテーマとして公職選挙も取り上げている。高齢化が進む中、認知能力が下がっても投票できる環境を整えなければ、民主主義の根幹が揺らぐと専門家は指摘している。

粛々と投票が進む投票所。高齢の有権者への対応が欠かせなくなる(写真:AP/アフロ)

 高齢者が記載台で1時間余りも立ち尽くしている──。元船橋市選挙管理委員会事務局長の廣井孝一氏は、家族に連れられて期日前投票の投票所に来た高齢者が全く動かない事態に遭遇したことがある。本人の意思が確認できないので投票はできない。「ご気分がすぐれないのであれば期日前投票は後日でもできます」といったん退出を促した。外に出たと思うとまた戻って来るが結局、投票はできなかった。

 川崎市の特別養護老人ホームでの不在者投票で立会人をしたことがある元川崎市選管事務局長の小島勇人氏も「記載台に向かって候補者の氏名を見ても選挙の投票だと分かっていない人がいた」という。

 2013年の公職選挙法改正で成年後見制度に伴う被後見人が選挙権を取り戻したが、投票現場の運用は困難を極めている。投票用紙に記入できない場合は記載台で職員が補助するが、声に出したり、氏名を指し示したりすることで、投票意思を明確に示してもらわなくてはいけない。

 そのハードルは高い。小島氏は「あらかじめ家族や親類が投票したい候補者の名前をすり込むなど、第三者の意思が介在している恐れもある」と指摘する。高齢者施設での不在者投票では、職員が入居者の投票用紙に勝手に候補者名を記入する公選法違反事件が頻発している。

 法改正により、成年被後見人である認知症患者も投票できる制度はできた。しかし、投票所まで来ても投票できないのは、どうやって意思表示をしてもらい、どこまで手伝うかという実務が決まっていないことが一因になっている。ルールを決めて欲しいという声は投票現場の職員からも聞かれる。こうした細則が固まれば、不正や違反の防止にも役立つだろう。

 中央大学の新井誠教授は「認知症患者にも意見はある。周囲の人が『意思決定』を支援する仕組みづくりが急務だ」と話す。身体機能が衰え、認知能力が落ちる高齢者が増えれば、そもそも投票率は下がる。「(将来の認知症患者数の推定値である)700万人以上の高齢者が選挙に行かないような事態になれば、民主主義の根幹が脅かされる」と新井氏は指摘する。