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 「周りの仲間を見ていると若い人の収入に関する感覚は、昔に比べるとちょっと変わってきたかもしれません」

 中国・華為技術(ファーウェイ)の中核子会社、海思半導体(ハイシリコン)で先端技術の研究にいそしむ32歳の男性がちょっと考えながらこう言ったのは、話題がファーウェイ独特の報酬制度に移った時のことだった。

 日経ビジネス9月9日号特集で詳しく紹介した通り、ファーウェイの報酬制度は、社員の収入に「株式報酬」が占める割合が非常に高い。江西生・取締役会事務局長は収入に株式報酬が占める割合を「人によって大きく違うが、一般的には4分の1ぐらいだ」と説明する。ファーウェイは非上場企業で、株式は創業者である任正非CEO(最高経営責任者)と社員が保有する。中国の法律上、株式を持てる人数には限りがあるため、実際には社員は「ファントム・ストック」と呼ばれる仮想的な株式を保有している形をとっている。

 株式で報酬を受け取る割合が高ければ高いほど、企業価値の最大化を目指すインセンティブが働きやすくなる。報酬コンサルティング会社のウィリス・タワーズワトソンによれば、2018年度の日本のCEO報酬に占める株式報酬など長期インセンティブは21%だった。つまり、ファーウェイ社員に割り当てられる株式報酬は日本の経営者と同水準かそれ以上の割合と言える。「社員に経営者意識を持ってほしい」という経営者は多いが、掛け声倒れに終わることが多い。会社の業績に連動した株式報酬を一定以上の規模で取り入れて、単なる掛け声に終わらせない点に、ファーウェイの強さの一端がある。

 株価は総資産を発行株数で割って算出され、退職時にはファーウェイが原則としてその金額で社員から買い取る。ファーウェイは右肩上がりの成長を続けてきたため、この株式報酬の仕組みが社員の求心力を高める手段として機能してきた。

 ファーウェイは同業他社と比較して報酬が良いことで知られ、優秀な人材が集まっていた。その同社の強さを支えてきたのがこうした報酬制度だが、今ほどその真価が試されようとしている時はない。足元の業績は好調だが、米制裁の影響をどの程度受けるかは予断を許さない。例えば屋台骨の事業へと育った「スマートフォン」についてはアンドロイドOSを継続搭載できるか危ぶまれており、搭載不可となれば中国以外の地域でマイナス影響を受けることは確実だ。業績が悪化すれば、社員の求心力を高めるはずの手段が、一気に逆回転する可能性がある。

 ただし、最大のポイントは、むしろ現在中核となっている社員の意識が大きく変化していることだろう。冒頭の男性は「会社の収益を社員に分け与える任正非CEOは、とても寛容だと思う」と述べつつも、「今後のキャリア形成を考えても、ファーウェイにいることで世界の大学や研究機関と最先端情報の交換ができるメリットの方が大きい」と説明する。

 ファーウェイは中国の改革開放路線とともに成長してきた。任氏や創業間もなくから働く世代は貧困の中からはい上がってきた経験を持つ。ただ現在、第一線で働く社員は一人っ子政策以降の「80後(1980年代生まれ)」「90後(1990年代生まれ)」と呼ばれる世代にシフトしつつある。比較的豊かな環境で育った世代が、金銭報酬の多寡よりむしろ社会貢献や自己実現といった価値を重視する傾向にあるのは、国の違いを問わない。

 研究開発では米マサチューセッツ工科大学(MIT)や米スタンフォード大学などがファーウェイからの資金受け入れを打ち切った。米国抜きで最先端の技術に触れられるという魅力をどこまで維持できるか。同社は社員の45%が研究開発に従事しているのが強みの一つでもある。優秀な人材を集め続けられるかは、米国抜きでも世界トップレベルの技術力を維持し続けられるかにかかっている。