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 日経ビジネス8月12日号特集「見直せ 学歴分断社会」では「大卒型人生モデル」が必ずしも幸福にたどり着く近道とは限らないと指摘した。内閣府が昨年12月に40~64歳を対象に実施した調査では、大学・大学院卒の引きこもりは推計14万人いるとされる。国立大学を卒業しつつも、仕事の負荷などを理由に引きこもりになった経験を持つ1人の女性に話を聞いた。

 「自分の経験を伝えることで、少しでもみんなに考えてもらえるきっかけになれば」。取材の打診に、東日本に住むCさんは即座に返事をくれた。

 Cさんは、地元の高校を卒業し、国立の一橋大学に入学した。在学中、サークル活動に精を出した。恋人もでき、順風だった。卒業後の進路に関しても、いわゆる就職氷河期だったとはいえ、就活に苦闘しながらも出版社から内定を得た。小さい頃から本を読むのが好きだったCさんにとって、希望していた進路だった。

Cさんは、出版社に勤務した後、引きこもりになった。「自分と同じような境遇の人はたくさんいる」と話す。写真はイメージ(PIXTA)

 暗転したのは、社会人生活が始まってからだ。

 出版社では、小学生向けの書籍の編集部に配属され、仕事は楽しかったが、とにかく忙しかった。土日や深夜を問わず働き、同僚の中には心の病になった人もいた。Cさんは当時の職場の様子を「氷河期だったので、きっと転職などしないだろうと(会社に)足元を見られていたのかもしれない。若者は使い捨ての駒のようだった」と振り返る。

 過酷な職場環境にあって、入社5年目の冬、ついにパニック発作を起こした。数カ月会社を休んだ後、復職したが、再び発作を起こした。そして入社8年目、会社を辞めた。大学時代から付き合っていた恋人とも別れた。

 もちろんその時点で希望を捨てたわけではない。別の出版社で派遣社員として働くなどし、なんとか社会とのつながりを保った。別の男性と結婚もした。将来のためにと司法書士の学校にも通い始めた。

父は泣きながら私に土下座した

 だが、人生は思い通りに転がってくれない。

 働きながら学校に通う日々が1年ほど続くと、再びパニック発作を起こした。「忙しくなると再発する。この病を抱える限り働くのはもう無理だ」。仕事を辞め、夫とも離婚。そして実家での「引きこもり生活」が始まった。

 動画制作にのめり込み、昼夜逆転の生活を1年ほど送っていたある日、自室のドアが開いた。父親だった。

「頼むからもうこんな生活はやめてくれ」

 父は泣きながら土下座していた。父の泣き顔を見て「このままではいけない」。なんとか、もう一度立ち直ろうと決めた。

 まずは「1日4時間」など時間を区切ってアルバイトをした。その間、毎日弁当を作ってくれたのは父だった。家族のサポートもあり、少しずつ階段を上った。実家近くの書店で長めのアルバイトをし、実家を離れ、数社の企業で派遣社員に……。少しずつ歩み、電車にも乗れるようになった。数年が経過した今、フリーライターとして生計を立てている。

取材に応じてくれたCさん。日本社会は「たった1つのつまずきに不寛容」と映る。

「高学歴だからといって幸せになれるわけではない」

 Cさんはこう話す。実際、パソコンや語学のスキルは高く、出版社に勤務していた経験から文章を書くのも得意だ。それでも、最初の会社での「つまずき」が20年近くたった今もどこか尾を引く。

「高学歴で幸せになれるのは、社会人になった後もつまずくことなく働き続けられる人だけ。でも私のような人はたくさんいる」。Cさんにとって今の日本社会は「つまずきに不寛容ではないか」と映る。

 しかし、人手不足が盛んに叫ばれる折、能力の高い人が埋もれたままでは経済にとって損失になる可能性もある。私たちのすぐそばにある学歴分断社会の実態や「大卒型人生モデル」への過度な信奉――。個人も企業もそして社会も、その光と影の部分の双方を直視する時機が来ている。

日経ビジネスの8月12日号特集「見直せ 学歴分断社会」では、目には見えない学歴分断線の実態を明らかにしながら、個人がより幸福になるため、企業がより成長するために「新しい学歴・経歴との向き合い方」を提示している。