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米国では既に承認されていたり、臨床試験が行われていたりしているのに、日本では通常の診察の中では使えない医薬品が数多くある。そんな未承認薬を使うことで命を救おうと戦う現場がある。

※この記事は日経ビジネス2019年8月5日号特集「1回の投与で2億円も 医薬品はなぜ高い?」の関連記事です。詳しくは特集をお読みください(有料会員限定)。

 現在、慶応義塾大学病院臨床研究推進センターの特任教授を務める和田道彦さんにとって忘れられない出来事がある。2012年5月25日。当時、米ベンチャー企業のアレクシオンファーマの日本法人に臨床開発担当の幹部として入社して10日目のことだった。「生後2カ月の子供を、米国での臨床試験に参加させてもらえないか」。そんな内容の手紙を受け取った。

 子供が患ったのは、骨がうまく形成されない「低フォスファターゼ症」。重症だった。アレクシオンはこの病気の治療薬の臨床試験を米国で進めていたが、日本に導入するかはまだ決めていなかった。通常であれば、対応できない旨を丁重に説明しておしまいとするところだったが、医師でもある和田さんはなんとかできないものかと、手紙を持って厚生労働省の担当部署に相談に行った。

 ちょうど厚労省では、未承認の薬を患者に提供するための制度的枠組みを議論しているところだった。「この子は助けよう」。そう決まると早かった。アレクシオンが無償で提供した薬は、主治医による個人輸入の形で2週間後には患者に届けられた。和田さんは12年6月上旬、母親から感謝の手紙を受け取った。

厚生労働省は未承認薬を使いやすくする制度改革に乗り出すが……

 こうした話は美しく聞こえる半面、多くの人の善意にすがらなければ命を救えないというお寒い現実を表してもいる。実はアレクシオンは11年12月に低フォスファターゼ症治療薬の開発を進める米ベンチャー企業を買収したばかりだった。たまたまアレクシオンが日本法人を持つ企業だったので患者は治療を受けることができたが、米ベンチャー企業に相談を持ち掛けても同じように協力が得られたかどうか……。

 和田さんはこのことをきっかけに厚労省と協議を重ね、生後すぐなど、通常なら治験の対象にはならない患者にも低フォスファターゼ症の薬を提供するための特別な治験を、大阪大学の協力を得てスタートさせた。この特別な治験では、極めて重症の子供が、生まれた翌日から薬の投与を受けられた例もある。厚労省はその後、これを前例にして、通常の治験の参加基準を満たさない患者でも未承認の薬を使える制度を2016年に創設した。

 「人道的見地から実施される治験(拡大治験)」というのがその制度の名称。代替治療薬が無い致死的な疾患の治療のために、人道的見地から未承認の薬を使えるようにした欧米の制度に倣ったものだ。