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 風邪薬や湿布薬といった手軽な「お薬」で製薬企業が大きな利益を出せる時代は終わりを迎えつつある。米国では10万人に1人の難病を治療できる画期的な新薬が登場するなど、創薬イノベーションが巻き起こる。その一方で、新薬を生み出す力が低下しているのが日本。最先端の医療が受けられない「医療後進国」に転落しないためにも、まずは医療費の無駄を省くことが欠かせない。

※この記事は日経ビジネス2019年8月5日号特集「1回の投与で2億円も 医薬品はなぜ高い?」の関連記事です。詳しくは特集をお読みください(有料会員限定)。

必要以上に薬が処方されていることも(写真:shutterstock)

 「この患者さん、なんでこんなに薬を飲んでいるんだ?」。埼玉県の基幹病院に勤める糖尿病専門医のA氏は3年前、近くの診療所から紹介された患者が飲んでいる薬を確認して驚いた。医学会が積極的には推奨していない新薬が複数含まれていたからだ。

 患者は糖尿病と高血圧を抱えていたため、薬が多くなるのは仕方がないともいえる。だが、中には価格の高い薬もあり、患者が窓口で支払う自己負担金は年間で約5万円。この患者自身、金銭的な負担に悩んでいたという。A氏は薬をジェネリック医薬品(後発薬)や医学会の推奨薬に切り替えて、薬の数を減らしていった。

なぜジェネリックが使われない?

 日本では、どの医薬品を処方するかの判断が治療にあたる医師に委ねられている。しかし、A氏が経験したように、医師によっては価格の高いブランド医薬品を使用したり、医学会の診療ガイドラインに沿わない処方をしたりするケースもある。

 なぜ、こうした処方が起こるのか。要因の1つとして挙げられるのが、「薬価差益」の確保だ。

 医療機関は患者に処方した医薬品代を、国が定めた公定価格で請求する。しかし実際には、ほとんどの医薬品は割引価格で納入されており、その差分はそのまま医療機関の収入になる。これを薬価差益といい、数十年前には日本全体で1兆円を超える規模の薬価差益があったとされる。当時は3割引き、4割引きも珍しくなく、医療機関にとっては大きな収入源になっていた。

 現在は医療機関と薬局を切り離す「医薬分業」が進み、医薬品は薬局が仕入れて販売する形になったことから、薬価差益の問題は和らぎつつある。それでも医療機関のおよそ3割が自ら医薬品を処方する院内処方を採用しており、薬価差益で収入増をもくろむ医療機関はなお少なくない。

 現在も平均で10%弱の「値引き」がされており、特に単価の高いブランド医薬品ではその差分は大きい。薬によって異なるものの、ブランド医薬品の価格はジェネリック医薬品の5~10倍とされている。新薬も、製薬企業が普及を促すために卸値を低く抑えるケースもある。経営を考えれば、薬価差益を確保しやすいブランド医薬品や新薬を使った方が「もうかる」のだ。

 こうした傾向は大病院よりもむしろ、地域の診療所などで強くなる。大病院の医師は雇われて勤務しているため「もうけの大きい薬」を処方しても自身の給料に変化はないが、診療所を経営する医師からすれば生活にかかわるからだ。

 この状況を国も問題視しており、薬の「実際の仕入れ値」を調査し、薬価改定ごとに公定価格を見直してはいる。ただ、薬価差が縮まってきたとはいえ、いたちごっこになっている感は否めない。

 政府は医療費を抑えるためにジェネリック医薬品の利用を後押ししており、使用率を2020年9月までに80%まで高める目標を掲げている。確かに数量ベースで見た利用率は18年9月の調査で72.6%まで高まった。ただ、金額ベースではまだ全体の14%。ジェネリックのあるブランド医薬品は約3割を占めており、政府の思うようにはシフトしていないのが現状だ。