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 2020年、創業102年を迎えるパナソニック。12年に就任した津賀一宏社長はプラズマパネル事業からの撤退など大胆なリストラで業績を急回復させたが、足元では停滞感が漂う。車載事業など期待していた成長事業が思うように伸びなかったことが大きいが、グローバル化やデジタル化など、あらゆる産業を覆うパラダイムシフトに対応し切れていない面は否めない。経営コンサルタントで、パナソニックの社外取締役を務める冨山和彦氏は現状をどう見ているのか。「今、つらい時期かな」と話す真意とは。

 日経ビジネス2020年1月27日号特集は「どうなってる? Panasonic」。「改造中」のパナの現状と課題を探っています。津賀社長の独占インタビュー全文はこちら

冨山 和彦(とやま・かずひこ)
経営共創基盤CEO(最高経営責任者)。1985年東京大学法学部卒業。ボストン・コンサルティング・グループなどを経て、2003年に産業再生機構のCOO(最高執行責任者)に就任。カネボウなどの再生案件に関わる。07年経営共創基盤を設立。パナソニック社外取締役、東京電力ホールディングス社外取締役などを務める(写真:北山宏一、以下同じ)

日本の電機大手の代表格であるパナソニックが低成長にあえいでいます。

冨山和彦氏(以下、冨山氏):グローバル化と(あらゆる領域でデジタル化が進む)デジタルトランスフォーメーションの大波にやられているのが今のパナソニック。実は、ソニーは2003年の「ソニー・ショック」で危機が顕在化した。15年以上の年月をかけて現在の好業績につなげた。

 ソニーの出井(伸之元社長)さんはもっと評価されるべきだと思う。グローバル競争とデジタルトランスフォーメーションが押し寄せる中で、「日本の会社」を根本的に変えないと対応できなくなることに気づいていた。委員会等設置会社などの仕組みを含めて、会社の形を変えようとした。

 そんな中でソニー・ショックが来たのは、ある意味必然だった。ソニーが手掛けていたAV(音響・映像)関連のビジネスが最もグローバル化とデジタルトランスフォーメーションの影響を受けたからね。

 その次が日立製作所で、2009年3月期に7000億円超の最終赤字を出した。日立も10年かかってここまできた。パナソニックがショックを受けたのは(プラズマテレビの撤退を決めた)13年ごろでしょう。そう考えるといろんなことの説明がつく。(白物家電や住設機器など)偉大な遺産を幸之助さんが作ってくれたから、電機大手の中では最も遅く危機が押し寄せている。

パナソニックは危機に直面してまだ6~7年

ソニーや日立と、パナソニックでは時間軸が違うと。

冨山氏:僕から見ると危機に直面してからまだ6年か7年しかたっていない。会社の根本的な形を変えるためにもがいている。

 日本の電機メーカーが手掛けてきたのは、ヒット商品を開発し大量生産して世界中に売りまくるというビジネスモデル。その中で商品の中身が斬新でイノベーティブだったのがソニーだけど、ビジネスモデルは変わらない。

 (売った後でサービスなどでもうける)リカーリングでもなければサービスのプラットフォームを構築したわけでもない。変えられなくていろんなビジネスから追い出された。ソニーの「ウォークマン」が米アップルの「iPod」にやられたのは典型例だ。

 繰り返しになるが、大きな転換点は1990年代から猛烈な勢いで始まったグローバル化とデジタルトランスフォーメーション。これらが会社の根本的な姿やビジネスモデルの変革を迫った。それに対して日本の電機メーカーは、昭和の時代につくり上げた会社の姿が強固すぎた。

なかなか日本企業は過去の栄光から変われないと。

冨山氏:スポーツで例えると、日本の電機大手はこれまで野球を頑張って、五輪で金メダルを取れるレベルにまでなった。ところが突然、五輪から野球が外れてしまい、サッカーをやれと。これくらいインパクトのあるトランスフォーメーションが起きちゃった。