トレーサビリティーが存在しない
IDを使った仕組みはネット広告ビジネスを飛躍的に拡大させたが、データのトレーサビリティー(追跡可能性)が存在しない、という問題を生んでいる。
パチンコ企業の一部が「広告を配信した事実を確認できない」と回答したのは、IDを利用していたからである可能性が高い。つまり、この会社は「寺岡篤志」という記者の名前ではなく、IDを使って情報を管理しているので、「寺岡篤志」から問い合わせが来ても確認ができないのだ。
また、今回の開示調査でフェイスブック以外の6社のプラットフォーマーは広告主のリストを開示しなかった。これでは、今回パチンコ企業に質問を送ったような追跡調査ができない。
つまり、JapanTaxi→パチンコ会社→フェイスブックという情報流通経路が今回判明し、検証することができたのは、幸運が重なった偶然にすぎない。
さらに、データを販売したり、広告枠を購入したりする際、しばしば広告配信会社を経由していることが問題を複雑にしている。多数の広告配信会社が形成するネットワークの中でデータや広告枠の高速自動取引が実行される。その結果、データの流通経路を確認することはより困難になる。だからこそ、日本交通も「全国タクシーのデータを利用している企業が具体的にどこなのかは分からない」のだ。
広告配信会社の自動取引システムはネット広告の根幹を支える重要な基盤だが「自分たちがターゲティング広告に利用している情報が、適正に取得された情報なのか分からないという課題があることは認識している。だが、有効な対策は今のところない」。大手広告主がつくる日本アドバタイザーズ協会(JAA)の幹部はこう打ち明ける。
トレーサビリティーが存在しない背景の1つとして、企業がIDにひも付くデータを一定期間がたつと破棄していることがある。消費者のデータを過度に集めることを防いでプライバシーを保護するためだ。しかし、その結果、各サービスが適切にデータを取り扱っているかを検証した上で、取捨選択することはできない。消費者のプライバシーを守る代わりに、サービスを適切に選ぶ権利が制限されるジレンマが生まれてしまう。
記者の場合、フェイスブックからJapanTaxiへの情報流通の経路が偶然判明し、全国タクシーをスマートフォンから削除した。が、実際にはもっと多くのアプリが同様の情報流通の起点となっているのは確実で、その中には全国タクシーのように不明瞭な同意に基づいてデータを売り渡しているアプリもあるかもしれない。本来ならそのアプリも削除したいところだが、トレーサビリティーがないために検証することができない。
ユーザーとしてフェイスブックのプライバシー窓口に、そして正式な取材として広報担当者に何度も問い合わせた。「フェイスブックで表示されるターゲティング広告で使われている情報が適正に取得・販売されたものかどうか、その検証をする責任はフェイスブックにはないのでしょうか」と。しかし、いずれも「フィードバックをいただけたことに感謝申し上げると共に、ご迷惑をおかけしてしまったことをおわび申し上げます」といった答えが返ってくるだけだった。
18年10月、プライバシー部門の副責任者のロブ・シャーマン氏が日本メディアとのビデオ会議を設定したときにも同じ質問をしたが「フェイスブック上で、問題のある広告を表示しないように設定できる」との回答だった。
だが、パチンコ企業などの広告を非表示にしたとしても、パチンコ企業に不適切な位置情報を提供している可能性のある大元のアプリを断ち切らねば、自分が意図しない情報の流通は止めることができない。
前出のJAA幹部は「今のネット広告は情報取得者も広告主も広告媒体も、みんなユーザーのプライバシー保護を真剣に考えているという前提で成り立っている」と話す。この性善説が真実であれば、トレーサビリティーは必要ないかもしれない。
しかし、現実は異なる。日本交通というIT化の先進企業にすら、プライバシーを軽視する問題があった。それは、決して特定の企業だけの問題ではない。今回の調査でも対象の7社全ての対応に問題が見つかった。特に対応を拒み続けたのが楽天とLINE。両社は調査開始から11カ月がたったこの原稿の執筆時点でも、いまだ開示に応じていない。連載2回目はこの2社の対応を詳しく解説しよう。
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