位置情報を渡したのは日本交通系アプリ

 では、このパチンコ企業にいったい誰が記者の位置情報を渡したのか。パチンコ企業の回答はこうだ。「(記者の位置情報を販売した)アプリの開発会社の多くは、当社も社名を把握していません。ただ、1つだけ社名を開示できるアプリがあります。JapanTaxiが提供する配車アプリ『全国タクシー(現JapanTaxi)』です」

日本交通系のアプリを新宿駅から半径8kmで使用するとパチンコ店から広告が配信される仕組みだった
日本交通系のアプリを新宿駅から半径8kmで使用するとパチンコ店から広告が配信される仕組みだった
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 JapanTaxiは、交通業界のIT化のリーダー的存在である日本交通の傘下企業。今度は日本交通に問い合わせたところ、広告配信会社のフリークアウト(東京・港)を通じて位置情報を外部に販売していることが判明。しかし、「全国タクシーのデータを利用している企業が具体的にどこなのかは分からない」との回答だった。

 そして18年10月、JapanTaxiを巡って炎上事件が発生する。

 きっかけは、ある研究者のツイッター上での投稿だった。JapanTaxiがデータ販売事業について発表したニュースリリースに「販売はユーザーからの事前同意を必須としている」と記していたことについて「私もJapanTaxiを利用したことがあるが、(同意について)全く記憶にないぞ」とかみついたのだ。

 全国タクシーのプライバシーポリシーでは、位置情報はタクシーを配車するために取得すると説明。位置情報が第三者にも提供されることは明示されていなかった。JapanTaxiは「配車サービスへの利用と、広告利用を目的としたものは、分けて説明する必要があった」と誤りを認め、広告利用を停止した。

知らないうちに情報が流通する

 個人情報保護法は、企業が顧客の個人情報を第三者に提供する際、本人の明確な同意を得るよう求めている。それにもかかわらず、なぜJapanTaxiからパチンコ企業、そしてフェイスブックへと情報が流通していたのか。

 本人が意識しないうちに企業間でデータがシェアされるカラクリの鍵を握るのが、様々なIDだ。フェイスブックのログインIDのようにユーザー自ら設定しているIDではない。企業側から自動的に割り当てられている「クッキーID」や「広告ID」のことだ。前者はネットサービスを利用する際、後者はアプリの利用の際に、端末を特定する目的で主に使われる。

 例えば、新しい通販サイトを利用するとき、会員登録をする前から買い物かごに気に入った商品を入れておくことができるだろう。これはサイトがどの端末で見られているのか、クッキーIDによって企業が把握しているからできることだ。

 こうしたIDは、日本の法制度では個人情報に当たらない。同意もなしに「寺岡篤志」という記者の名前にひも付いた位置情報を第三者に渡すことは違法だが、IDにひも付いた位置情報なら事前同意無しに販売できる。

 そして、同じIDをフェイスブックなどの広告掲載媒体も把握している。つまり、IDを使って特定の個人にひも付く情報が流通し、最終的にターゲティング広告に利用されているわけだ。

 世界で最も厳格とされるEU(欧州連合)の一般データ保護規則(GDPR)では IDも保護対象とされているが、他の個人情報と同等の保護をすべきか、まだ議論は固まっていない。

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